浴室の蛇口の閉まりが悪くなり、いつまでも「ぽたん　ぽたん　ぴちゃっ」と音がする。気になる。
ある日、「蛇口交換、工事費込みで今月いっぱい特別料金」というチラシが入っていた。実際、安いと思い早速電話で問い合わせると「今日の夕方でも行けます」と。
善は急げだ。
指定した時間の数分前、かすかに水音が響いてくる。
「ぽたん　ぽたん　ぴちゃっ」聞き覚えのある音だ。

ドアを開けると汗びっしょりのおじさんが重そうな工具カバンを持って立っていた。暑いし、うちはエレベーターなしの4階だから無理もない。
それにしても気の毒なくらい汗が流れている。「水道の元栓を閉めないと。どこです？」「あ、すみません。マンションの1階の右側です」「…そうですか」
かすかな水音といっしょに彼はまた階段を往復した。申し訳ない。再度ドアを開けた工事人の彼は顔だけでなく体中から水があふれている感じだ。
浴室に案内して「時間はどのくらいかかります？」と尋ねると「1時間くらいです」と。少しほっとする。この調子で汗を流し続けたら3時間くらいで彼は溶けてしまうのではないかと心配になっていたので。

工事中は居間でTVをつけていた。それでも例の「ぽたん　ぽたん　ぴちゃ」の音が断続的に響いてくる。

1時間が過ぎた。

様子を見に浴室に行ってみる。
蛇口は新品になっていた。
しかし、汗だくの工事のおじさんの姿はどこにもいない。
蛇口からは以前よりもさらに大きく「ぽたん　ぽたん　ぴちゃ」と音が響いている。
水音が止む気配はない。蛇口をしめても水は止まらない。浴槽から水がゆっくりとあふれ出した。