記憶という名の地図が白く塗りつぶされ、
見えない敵がその体を蝕んでいっても、
母は、最後まで自分を見失わなかった。その証拠が、この庭に咲き誇る赤いバラだ。
言葉が指先からこぼれ落ち、景色が霞んでいく中で、
母が土を耕し、注ぎ続けた「愛」という名の熱量。
それは病魔ですら、決して奪うことのできない聖域...
記憶という名の地図が白く塗りつぶされ、
見えない敵がその体を蝕んでいっても、
母は、最後まで自分を見失わなかった。その証拠が、この庭に咲き誇る赤いバラだ。
言葉が指先からこぼれ落ち、景色が霞んでいく中で、
母が土を耕し、注ぎ続けた「愛」という名の熱量。
それは病魔ですら、決して奪うことのできない聖域...
庭に散らばった赤い花弁が、月光に照らされて濡れている。
そのあまりに潔い散り際を見て、私はまた、彼女を思い出していた。母は、嵐のような女だった。
誰の手にも負えず、誰の所有物にもならず、
ただ自分だけの棘を武器に、この荒野のような街を駆け抜けた。
その唇と同じ色のバラが、今、静かに土へと還ろうとして...
風が吹くたび、庭の平穏が少しずつ剥がれ落ちていく。
土の上に散らばった赤い花弁は、
まるで、誰かがそこに置き忘れていった未練の欠片だ。「いい引き際だ」
そう呟いてみたが、喉の奥に苦い後味だけが残る。
命の盛りを駆け抜け、音もなく散っていくその赤が、
かつて隣にいた、母の生き様と重なった。強引なまでの...
太陽が身を隠し、街が冷たい銀に染まる頃、
庭の片隅で、奴は真の姿を現す。
月明かりに暴かれた、毒々しいまでの赤。
「五月のバラ」なんて浮かれた呼び名は、もう似合わない。闇に紛れても隠しきれない、狂おしいほどの色彩。
それは、平穏な日常という仮面の下で、
決して冷めることのない「熱」の在り処。
触れよ...
安物のバーボンと、眠らない都会の気だるさ。
テーブルの隅、濡れたコースターの上に
捨てられた、五月のバラ。夜明け前のヴェネツィアン・ブラインド、
紫煙の匂いと、彼女の残したパフュームが混ざる。
「忘れないで」
その言葉は、まるで真夜中に撃ち込まれた弾丸のように、
静寂を破り、心臓の奥に刺さったまま抜...