病室に、そっと入ると雪枝は窓に向かって立っていた。高台にある港総合病院からの見晴らしはよかった。港町の風景を見ているだけで気分転換になった。岸壁に係留されている外国籍の貨物船が荷揚げ作業をしていたが、人の姿が昆虫のように小さく見えた。
「起きていて、大丈夫なのですか。」
「痛み止めが効いているのか...
病室に、そっと入ると雪枝は窓に向かって立っていた。高台にある港総合病院からの見晴らしはよかった。港町の風景を見ているだけで気分転換になった。岸壁に係留されている外国籍の貨物船が荷揚げ作業をしていたが、人の姿が昆虫のように小さく見えた。
「起きていて、大丈夫なのですか。」
「痛み止めが効いているのか...
月末は忙しい。
昨日は定例の読書会で1日潰れてしまった。今日は季刊雑誌の随筆の締め切りで、夕方に原稿を郵送できたが、ニコッとに書く余裕はなかった。行事が重なると、どうしても、ニコッとに手が伸びない。桜はどこも満開になって、もう感動しなくなったから不思議である。たまたま、天気がよくて、風が出て...
人は関係の中で生きる。
人というのは、何らかの人間関係の中で生まれてくる。この一定の関係に基づいて生活していくことになる。人同士が関係しなければ、人間という生命は生まれない。関係と言っても、この関係性は無数にある。どういった関係でなければならないという制限はないが、人類は歴史的に自らの経験と...
昨夜、店の掃除をしてから美佐はタクシーでマンションに帰った。午前三時頃であった。店のオーナーは植村雪枝といったが、美佐よりも15歳年上であった。2週間前であった。開店準備をしていた雪枝がお腹のあたりに激痛を訴えた。それ以来、ママは入院した状態が続いている。オーナーが倒れたこともあって、36歳になっ...
港街は霧に覆われていた。高台の新栄街区から夜の港街を見下ろすと灯台の灯が三色の輪に見えた。地下鉄の最終列車の10分前になって、客は席を立った。北川美佐は預かっていた客の手提げ鞄を持つと、素早くカウンターから出て、ふらつきながらドアに向かってくる初老の男の背中に背広を被せた。「ありがとうよ。今日は悪...