自作小説倶楽部5月投稿
- カテゴリ: 自作小説
- 2025/05/31 21:58:12
『事件の後』
「仕事は終わったはずよ」夫人は一見穏やかな微笑を浮かべて俺に言った。よく見ると瞳の奥に剣呑な光が宿っている。獲物に飛びかかる蛇を連想した。俺は少し息を吐き、用意していた台詞を口にする。「当探偵事務所はアフターケアも万全なんですよ。契約時に説明したでしょう? なに、30分もかかりません。...
『事件の後』
「仕事は終わったはずよ」夫人は一見穏やかな微笑を浮かべて俺に言った。よく見ると瞳の奥に剣呑な光が宿っている。獲物に飛びかかる蛇を連想した。俺は少し息を吐き、用意していた台詞を口にする。「当探偵事務所はアフターケアも万全なんですよ。契約時に説明したでしょう? なに、30分もかかりません。...
『彼の微笑み』
「ツネ婆さんが亡くなったなら。明日帰るよ」「どこに?」彼の言葉に間抜けにも私はそう応じてしまった。「故郷に帰る」に決まっている。しかしツネ婆さんが住んでいた田舎が私の故郷かというと、そうではない。「婆さん」と呼んでいるが彼女は私の大伯母あたりの親戚らしい。私とツネ婆さんの正確な関係は...
『理想的な依頼人』
夫人は優雅な仕草で紅茶を入れ、俺の前にカップとソーサーを置いた。「ハンネならもっと美味しい紅茶が入れられるのだけど、今は私ので我慢してくださいね」インスタントコーヒー派で紅茶の味なんてわかりません。と言おうかと思ってやめる、誠実な営業活動にふざけた態度は不要だ。代わりに突然の訪問...
『合わせ鏡』
貴男に、話しておかなくてはならないことがあるの。と彼女は突然言った。彼女の用意した夕食に満足し、彼女の美しい容姿と動きに魅了されてテーブルを離れがたくなっていた時だった。僕はテーブルに肘を立て、美しい曲線を描くあごの下で彼女の両手が合わさり、指が交差するのに見とれていたから、一瞬戸惑っ...
『問題作』
「おい、あんたがビショップだな」棘のある声で私の作業は中断された。手を止めるとゴーグルと耐火服ごしでも炉の炎が眩しく、一層熱く感じられた。後始末とはいえ最も地味で苦手な過程だ。さっさと闖入者を追いだして仕事を終わらせるべく振り返る。神経質そうな痩せた男が立っていた。炎を反射して光る眼鏡の...