Nicotto Town



左回りのリトル(3)

 駅の中を通らずに線路下の地下道を抜けた。駅ビル脇の通用口で店内スタッフの身分証を見せ、首から提げる。従業員用のエレベーターは灰色で薄暗い。乗り合わせた女の子はコートの下にもう春の鮮やかな色の服を着たちぐはぐさで、少し寒そうに両手で自分を抱いている。僕は一人六階で降りた。
「おはようございます」
「...

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左回りのリトル(2)

 深夜まで営業しているハンバーガーショップで、僕らは壁を睨んでいた。
「壁に面したカウンター席って、不健全だと思う」
「人を驚かす突飛な発言をする神経の方が不健全だ」
「どうしてって訊いたのはそっちでしょう」
「きみには配慮というものがないのか」
「人と話している時に思考が余所へ行ってる人よりはまし...

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左回りのリトル(1)

 テーブルを囲んで時計回りに自己紹介をした。僕が「野宮柾です」と軽く会釈をして終わる筈だった。熱くなった鉄板にお好み焼きのタネがじゅうっと大きな音を立てた時、向かいの席の彼女が僕に「あの、」と小声で言った。
「こちらは?」
「え?」
 彼女の視線の先は僕の隣の空間だった。壁いっぱいの長いソファ、壁に...

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EMPTY

 君の手が楽しげに林檎の皮を剥いていた。くるくると回る林檎から細長く繋がって、皮の先端は床に届こうとしている。螺旋の間に見える赤が下の方に移動しつつ、息を止めてゆく。僕は腕を伸ばして、林檎の皮の先を掴むと引っ張った。
「あ、」
 細長い皮は林檎から離れて落ちた。
「せっかくここまで繋がっていたのに」...

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ENGINE

 広場に立つ市に集まった人々は夏祭りの鮮やかな色彩を身に纏っていた。人波を縫ってゆくと、プラスティックの破片が混ざり擦れ合うような軽い音の幻聴がある。熱を持ったカレイドスコープの中に落ちたようで眩暈がした。
 フルーツの香りに呼び止められた老婆を追い越して、私は露店の間を早足で歩いた。屋台の食べ物や...

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