すれ違った影の交錯(11)
- カテゴリ: 小説/詩
- 2018/01/10 14:05:50
藤木のマンションをどのようにして出たのか、記憶に残らないまま熱に浮かされたように明美は駅に向かって歩いていた。別れ際にマンションの通路まで出て来て、文子がニヤッと笑った顔を見せたことが明美の胸に突き刺さっている。我に戻ると、明美は慌ててハンドバックの中を確認した。木製のケースに入った北野政頼の臍の...
藤木のマンションをどのようにして出たのか、記憶に残らないまま熱に浮かされたように明美は駅に向かって歩いていた。別れ際にマンションの通路まで出て来て、文子がニヤッと笑った顔を見せたことが明美の胸に突き刺さっている。我に戻ると、明美は慌ててハンドバックの中を確認した。木製のケースに入った北野政頼の臍の...
明美は藤木文子を訪ねた。北野政頼が『よろず生活館』を開設していた場所から近くであった。電車が走る線路沿いにあるマンションの三階であった。チャイムを鳴らしてドアが開くと赤ん坊の泣き声がした。明美は北野政頼と別れた妻で今は実家の姓を名乗って大野明美であると説明した。藤木は警戒するような態度であった。
...
北野政頼との離婚が決まった時、明美は政頼との生活品を、ほとんど捨て去っていた。政頼の遺伝子検査をするにしても、遺骨は兄の圭太が引き取っているので、もし実施するとすれば、何らかの政頼の遺物を探し出さなければならなかった。政頼は精子検査をどこの医療機関でしたのだろうか。もし分かったとしても個人情報にか...
家庭裁判所を出た大野明美と弁護士の古屋弁護士、北野政頼の兄圭太等の3人は勾配のある坂道を駅前へ向かっていた。北野圭太はさばさばした表情であった。弟の血筋から北野家の後継を模索するのは諦めざるを得ないという心情になっていた。古屋弁護士は、先輩であった故北野政頼のために貢献できることはないかと考えてい...
遺言書の内容が判明した時、北野圭太の態度がガラッと変わった。弟の子供だと思い込んでいた兄は、浩美が北野政頼の血縁でないことが分かると安堵した表情になった。一定の踏ん切りがついたということだろうか。 この時、古屋弁護士が場の雰囲気に水を差した。「文面上、無精子で自分には子供ができないと筈だと、亡くな...
|