すれ違った影の交錯(6)
- カテゴリ: 小説/詩
- 2018/01/03 17:04:42
大野明美は、古屋弁護士から別れた夫である北野政頼の遺言状のことで是非とも相談したいことがあると懇請された。亡くなった北野政頼の兄、北野圭太から親族として弟がどのようなことを遺書に書き残したのか、是非とも教えて欲しいと願っているということであった。このまま放置すれば、裁判沙汰になるかもしれないと軽く...
大野明美は、古屋弁護士から別れた夫である北野政頼の遺言状のことで是非とも相談したいことがあると懇請された。亡くなった北野政頼の兄、北野圭太から親族として弟がどのようなことを遺書に書き残したのか、是非とも教えて欲しいと願っているということであった。このまま放置すれば、裁判沙汰になるかもしれないと軽く...
北野と別れて明美は安堵している。北野とは虚空の結婚生活であった。一方で浩美を育てながら、北野の子供ではないという自責の念にさいなまれてきた。北野は組合活動をしていたから帰宅時間も遅く、実際のところ自分は誰と結婚したのだろうかと何度も反問してきた。意を決して、「お母さんは、性格的にお父さんと合わない...
明美は、信彦が永遠に日本に戻ってこない気がした。信彦が避けているというより明美から逃げたように思えてならなかった。明美が北野政頼と結婚し、2年後に浩美を出産した直後であった。信彦から「今、シンガポールにいる。」と電話をかけてきたのだ。この時、明美は「私の産んだ子は信彦さんの子供ですから。」と宣告し...
明美の母が目を覚まし,首を動かした。
「起きたの。」と声を掛けると、「悪い夢を見たわ。」と千代乃は言った。
「どんな夢だった。」
「信彦が牙をむいて、襲い掛かって来たのよ。怖かった。」
「兄さん。どうしているのかしらね。シンガポールへ行くと言って、日本を出たきりで、もう17年くらいになるわね。」
...
母が入院している介護病棟の部屋から大野明美は回想していた。眼下に佐治川があった。川幅は十メートルほどだが川堤に桜が植えられ、春になると病棟から花の絨毯が見渡せた。病室は2人部屋で窓側が大野千代乃、ドア側には母より三歳ほど年配の患者が入院していたが、1か月ほどで退院すると、翌日には別の患者が入ってき...
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