指示どおり三枚の書類のそれぞれの箇所に、それぞれの必要事項を記入しながら、「いや、あれからずっと考えてたから。実際、月二千円であの式場は魅力だよ」
白いバルコニーに肩を寄せて立つ二人のモデルが、脳裏に浮かんだ。
はじけるような花嫁の笑顔は記憶にあったが、新郎の顔がどうしても出てこない。
...
愛と平和を
指示どおり三枚の書類のそれぞれの箇所に、それぞれの必要事項を記入しながら、「いや、あれからずっと考えてたから。実際、月二千円であの式場は魅力だよ」
白いバルコニーに肩を寄せて立つ二人のモデルが、脳裏に浮かんだ。
はじけるような花嫁の笑顔は記憶にあったが、新郎の顔がどうしても出てこない。
...
「泣きたかったら存分に泣け。おれはかまわんぞ」
「もっとほかに言うことがあったんだ」
文四郎は涙が頬を伝い流れるのを感じたが、声は顫えていないと思った。
「だが、おやじに会っている間は思いつかなかったな」
「そういうものだ。人間は後悔するように出来ておる」
「おやじを尊...
お蕙ちゃんは「あたしお引っ越しはうれしいけど遠くへいけばもう遊びにこられないからつまらないわ」とやるせなさそうにいう。
で、私もどうしようかと思うほど情けなくなって二人してふさいでいた。
これがお別れだといってその晩はみんないっしょに遊んだが乳母もさすがに「ほんとうにおふしあわせなお子さ...
「あの木が、ひとりぼっちのわたしの、たったひとりのお友だちなんです」
彼女はそう言って、病棟の窓を指さした。
外ではマロニエの木が、いままさに花の盛りを迎えていた。
板敷きの病床の高さにかがむと、病棟の小さな窓からは、花房をふたつつけた緑の枝が見えた。
「あの木とよくおしゃべ...
「ほんとうに行くのか?」
「ああ、行くよ」
友人の目に涙が浮かんだ。
わたしは言葉をつくして慰めた。
だが、なにはともあれわたしにはすることがあった。
遺言の口述だ……。
「いいか、オットー、もしもわたしが家に、妻のもとにもどらなかったら、そして君がわたしの妻と再...