君の言葉は、
 水に溶けきらない薬品のようだった。
 かき混ぜても、沈殿して、
 僕の底を濁らせる。 だから僕は、
 声の層にそっと透明の膜を張る。
 聞こえるふりをして、聞き取らない。
 笑うふりをして、まぶたの裏に帰る。 君の存在は、
 花瓶に刺さった造花に似ていた。
 色はあるのに香りがなく、...
君の言葉は、
 水に溶けきらない薬品のようだった。
 かき混ぜても、沈殿して、
 僕の底を濁らせる。 だから僕は、
 声の層にそっと透明の膜を張る。
 聞こえるふりをして、聞き取らない。
 笑うふりをして、まぶたの裏に帰る。 君の存在は、
 花瓶に刺さった造花に似ていた。
 色はあるのに香りがなく、...
待ち合わせたわけじゃないのに、
 その人は、記憶のほうから歩いてきた。 駅の光は、まるで封印を解くようで、
 十年前の僕が足元に立っていた。 声はかけられなかった。
 まなざしは、今と昔のあいだをすり抜けて、
 何も交わらないまま、風だけがふたつの時間を結んでいった。 ポケットのスマホは冷たく、
 ...
夜空は緞帳、星々は神経に触れる銀の破片。 天の川は、意志を失った血管のように
 ただ冷たく、ただ無意味に、空を裂いている。 織姫は祈りではなく、命の反復を織り、
 彦星は欲望ではなく、記憶の残骸を曳く。
 ふたりは会わないために存在しており、
 その距離こそが唯一の美しさとして固定されている。 我々...
僕は、石につまずいた。
 ほんの少し前まで、彼女のことを考えていた。 いや、正確には、思い出していたというより、
 彼女の不在をなぞっていたのだ。
 指先でなぞる空白の輪郭のように、
 そこにあったはずの声、仕草、まなざし――
 それらの“痕”だけが僕の中に残っていた。 倒れ...
夕暮れは、紫の血のように空を染めていた。
 崩れかけた光が風に震え、胸の奥に音を残す。 幼い頃に見た水死体。
 冷たく、美しく、沈んだまま忘れられない。 記憶は使われない香水の瓶。
 香りだけが、ふいに胸を刺す。 誰かの笑顔も、今はただの残響だ。 足元で砕けるのは、自分の中の硝子。
 夜空へ舞い、星...