ガス燈が 濡れた石畳を淡く染め
港を臨む 坂の上の洋館
重い真鍮のドアノブを回せば
そこは 刻が止まった 琥珀の聖域蓄音機から流れるのは 擦り切れた異国の調べ
和服の上に 漆黒のインバネスを纏い
男は 影の落ちたサンルームに 独り立つ
指先に残る 封蝋の香りは 誰かの遺言か蔦の絡まる 赤煉瓦の壁の向...
ガス燈が 濡れた石畳を淡く染め
港を臨む 坂の上の洋館
重い真鍮のドアノブを回せば
そこは 刻が止まった 琥珀の聖域蓄音機から流れるのは 擦り切れた異国の調べ
和服の上に 漆黒のインバネスを纏い
男は 影の落ちたサンルームに 独り立つ
指先に残る 封蝋の香りは 誰かの遺言か蔦の絡まる 赤煉瓦の壁の向...
午前二時のペントハウス
街の灯りは 誰かの孤独を繋いだ星座
氷が溶ける音だけが
グラスの中で 贅沢な時間を刻む磨かれたショーウインドウに
見知らぬ自分の 疲れた貌を見つける
脱ぎ捨てたトレンチコートは
今日という一日を どこへも連れ去ってはくれないサックスの溜息が 霧のように街を包み
アスファルトは...
モンパルナスの裏窓に寄りかかれば
夜風はもう僕を知らない人のように通り過ぎる
セーヌの橋の下を水が流れるように
僕らの恋も あの情熱も
ただ一方向へ 二度と戻らぬ場所へ流れていった向かいの壁に映る影を
君の横顔だと錯覚して手を伸ばす
けれど指先が触れるのは
冷たい硝子と 都会の煤けた沈黙だけあんなに...
私は眠らない 鋼鉄の橋の下をセーヌは流れる
あの頃のきみはもういない
エッフェル塔が悲しげに立っている
新しい飛行機が空を切り裂く花は色 人はこころさようなら 太陽がまた昇る愛される者こそ不幸なれ煙を吐くザリガニのように去っていく時間
私は都会の真ん中で
独り酔いしれている
ポン・ヌフの空は真...
霧が、墓石の間を這っている。
名前も読めない 異国の文字が
まるで亡霊のように 白く浮かび上がる。
海からの風は 塩辛く そして冷たい。ポケットに手を突っ込み 錆びついたコインを弾く。
表か、裏か。
俺の人生に 意味のある賭けはもうない。
ただ 古い石畳だけが 靴底の重みを知っている。ボーッ、と。
...