Nicotto Town



【小説】橋の下の家 8(完結)


 私の爪先で蒲公英が揺れていた。目の前を流れる川は高く昇り始めた太陽の光を受けてきらきらと輝き、橋の影はなお深く見えた。 冬を越えて、私は再びここに居た。 まだ───迎えは来ないらしい。 疲れた膝をさすっていると、彼女が土手をゆっくりと下りて来た。「今日は具合がよろしいようね」「ああ、このところ暖...

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【小説】橋の下の家 7


「…夜明けが近いな。急ごう」 彼は立ち上がり、老木の枝に手を掛けた。私は疲れ果て、もはや動く気力はなかった。彼はペン程の細い枝を三本選んで手折った。枯れ枝はポキリと乾いた音を立てて折れた。再び彼は私たちの前に胡座を掻き、折った枝の端をナイフで斜めに切って長さを揃えた。そしてナイフを傍...

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【小説】橋の下の家 6


 橋の下に人影が見えて、私はたまらない気持ちになった。 ここに来れば何かが変わる。 変わる筈だ。きっと─── 近づくにつれ、その人影が彼のものではないことに気が付いた。 彼女だった。 私の足音に振り返った彼女は、夏の夜から比べて更に線が細くなっていた。彼女は弱々しく微笑んで、またお酒を買いに行かれ...

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【小説】橋の下の家 5


 眠れぬ夜が続いた。 あの後、私は言葉を失ったまま立ち上がり、家に戻った。それから暫く、あの橋の下へ行く気にはなれなかった。 朝の冷え込みは体に厳しかった。畑に出ても何もしないに等しい。嫁は私を気遣ってか、孫を私に任せ、家に居るようにと言った。孫の世話で一日が終わる。眠れずに起き出してこっそりと啜...

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【小説】橋の下の家 4


 それから十日程、私は床に臥していた。夜露に濡れて呑んでいたのが災いしたのだろう。身体中がぎしぎしと軋むように痛んだ。寝たり起きたりを繰り返しているうちに、私はこのまま、ある朝突然、二度と起き上がれなくなるのではないかと思った。 まるでこれまでの生活を取り上げられるように─── 彼の言葉が、ふいに...

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