今夜、十本、一気に注射し、そうして大川に飛び込もうと、ひそかに覚悟を極めたその日の午後、ヒラメが、悪魔の勘で嗅ぎつけたみたいに、堀木を連れてあらわれました。
「お前は、喀血したんだってな」
堀木は、自分の前にあぐらをかいてそう言い、いままで見た事も無いくらいに優しく微笑みました。
...
愛と平和を
今夜、十本、一気に注射し、そうして大川に飛び込もうと、ひそかに覚悟を極めたその日の午後、ヒラメが、悪魔の勘で嗅ぎつけたみたいに、堀木を連れてあらわれました。
「お前は、喀血したんだってな」
堀木は、自分の前にあぐらをかいてそう言い、いままで見た事も無いくらいに優しく微笑みました。
...
「もう愛情はあるか?」
そう言ったのは彼だが、口から出たとたん、自分で驚く。
「この子に? いいえ。どうして愛せる? でも、愛するようになるわ。愛情は育つものよ。その点は、母なる自然を信じていい。きっと良い母親になってみせるわ、デヴィッド。良き母、善き人に。あなたも善き人を目指すべきね」...
「どこが気持ち悪かったかね」
「おまえの気持ち悪いとこ? 百億個くらいあるでー」
「うん。どこ」
「百億個? いちから教えてほしいか? それとも紙に書いて表作るか?」
「いちから教えてほしい。気持ち悪いんじゃろ。どこが」
「どこがって、そりゃあ」
「うん」
...
「自分の愛するものから離れさせるなんて値打ちのあるものは、この世になんにもありゃしない。しかもそれでいて、僕もやっぱりそこから離れてるんだ、なぜという理由もわからずに」
彼はまたぐったりクッションにもたれた。
「これは一つの事実だし、つまりそれだけのことだ」と、彼は疲れ切った調子でいった...
何かを愬えるように、直美はぼくを見ている。
ぼくはベッドの縁に手をついて、ビニールに顔を近づけた。
ぼくの身体の動きにつれて、直美の目が動いた。
その直美の目を見つめたまま、ぼくは息をつめて黙り込んでいた。
「あなたはいつも、黙り込んでいるのね」
直美の目が語っていた。...