何かを愬えるように、直美はぼくを見ている。
ぼくはベッドの縁に手をついて、ビニールに顔を近づけた。
ぼくの身体の動きにつれて、直美の目が動いた。
その直美の目を見つめたまま、ぼくは息をつめて黙り込んでいた。
「あなたはいつも、黙り込んでいるのね」
直美の目が語っていた。...
愛と平和を
何かを愬えるように、直美はぼくを見ている。
ぼくはベッドの縁に手をついて、ビニールに顔を近づけた。
ぼくの身体の動きにつれて、直美の目が動いた。
その直美の目を見つめたまま、ぼくは息をつめて黙り込んでいた。
「あなたはいつも、黙り込んでいるのね」
直美の目が語っていた。...
ピアノとバイオリンの音にあわせ、テレザは頭をトマーシュの肩にのせ、ダンスのステップを踏んでいた。
霧の中へと二人を運んでいった飛行機の中に二人がいたとき、テレザはこのように頭をもたれかけていた。
今、同じように奇妙な幸福を味わい、あの時と同じ奇妙な悲しみを味わった。
その悲しみは、...
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。
そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。
「ありがとう。」と私は膝を見た。
娘の右腕のあたたかさが膝に伝わった。
ー 『片腕』 川端康成 ー
彼女は言った。
「この世界はなんて美しいんだろうって思ってたのよ、イーベン。美しさのほかには何の役にも立たないのよ——あたしたちが今生きていようと、ずっと昔に生きていようと」
ぼくたちはあの美しさを共有していた。
決してそれを失うことはない。
ー 『ジェニーの...
六十歳で出稼ぎをやめて、郷里の八沢村に帰ることにした。
純子とはもう逢えなくなるから、最後の日に「新世界」に白薔薇の花束を抱えていった。
彼女の前に真っ直ぐ立って、「さようなら」と花束を渡すと、「ありがとう」と白薔薇に顔を埋めた彼女は、強い香りの中に閉じ込められたようだった。
悲し...