「契約の龍」(128)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/11/07 02:27:22
後ろで声がした。クリストファーが苛ついた様子で、爪先で地面をたたいている。…あるいは寒いのかもしれない。雪さえ積もってはいないが、あまり長く立ち話するような気候でもない。
――契約の文言なら、一言一句覚えているが?それがどうかしたか?龍の裔の息子よ。
「それはありがたいな。ここに出してくれれば、解釈する」
――だが、われらの契約は、人同士の契約とは文言が違うぞ?第一、言語から違う。
「言語の方はたぶん問題ない、と思う。クリスティンが使えるのなら」
――ほう?
緑色の目がすっと眇められる。そしてその唇が聞き馴染みのない言葉を紡ぐ。
「”庭園の創造主、ティールドゥースは、庭園に根付くものを育み、守ることを約す”…かな?」
――惜しいの。「根付く」ではなく、「根を下ろす」だ。この文言によって、草木ばかりでなく動物たちも保護の対象となる。…ただし、外部のものから、だがな。では…
その場の主導権は、すっかりクリストファーに移ってしまった形だ。
「…いったい、何なんですか?あれは?」
「さあ?」
クラウディアも肩を竦める。
「クリストファーを教育したのは、夫だから、彼に何ができるか、詳しい事は知らないわ。ただ、法律だの、条約だのの文言をつつきまわしたり、商人との売買契約書に手を入れてたのは、知っていたけど…」
「幻獣との契約も、契約には違いない、ってことでしょうか?」
「庭園は幻獣ではないわよ?解っていると思うけど」
「……それは…解っているつもりです」
「それにしても……知ってたみたいねえ、あれは」
「庭園」と契約の文言をやり取りしているクリストファーを目線で示す。
「自分の、親の事を、ですか?」
「受け継いでるそぶりなんて、これっぽっちも見せなかったのにねえ。……少なくとも、私には」
「…その、知識、というのは、どんなふうに…解る、というか、確認、というか…」
「知識がどんなふうに自分の中におさまっているか、は自分でも解らないわ。ただ、それが必要になると出てくるの。だから、知識に抜け落ちや欠けがないか、というのは、言葉がしゃべれるようになると日常的にチェックしてるわね。うちでは。…殊に、あの子たちは、一遍息止まってるし」
生後獲得した言葉とは概念にズレがある、って言ってなかったか?クリスは。
…ああ、そうか。「古の言葉」も丸ごと入ってるんだな。それを使うのか。
「…彼は…魔法方面の素質は無いんでしょうか?「庭園」と支障なくやり取りできてるように見えるんですが」
「まったく無い、という事は、ないと思うわ。ただ、興味が無い…というか、使う意思が無いのね」
「無意識に使ってしまう、という事も?」
「無い、とは言い切れないけど…無意識に使う魔法でそんなに厄介事を起こすようなのは稀だし」
…稀だ、と言われてしまった。リンドブルムが道端に落ちてるようなところに住んでる人に。
「………これで全部?」
――そうだの。
どうやら文言の洗い出しとやらが済んだようだ。
「意外と、というか予想通り、というか、穴だらけなんだな」
――基本的に口約束だからの。それに、われらは人の子のように相手を騙そうとはせぬ故。
「耳が痛いな。だけど、そもそも、「古の言葉」があいまいな言葉なんだ」
そうつぶやいてこちらへ顔を向ける。
「前二人の契約の言葉を解説するから、良く解らない点があったら合図して。了解?」
俺がうなずくと、「庭園」が再び契約の文言を口にし、一節ごとにクリストファーが訳し。解説を入れる。
一人目、ティールドゥースの契約の言葉は、すぐに終わった。要約すると、自分はお前達を守るから、お前達も自分を守れ。という事だ。この部分は、変更する事ができない。だが、具体的に「どう守るか」の部分はいろいろと不都合があったらしく、ちょこちょこと変更があった、らしい。だが、基本的に、外から来る「悪しきもの」を排除する、という方向で双方の意識は一致しているようだった。
二人目、エリック――初めて学院の創始者の名前を聞いた気がする――の契約の言葉は、ティールドゥースの契約の言葉を踏まえ、「自分を苛む孤独を癒すため」に、庭園の内部に、他人が入る事の出来る領域を作る、という条件が追加された。そしてさらに、契約者ばかりでなく、その領域にいる者を害する意図があるものを排除する、という条件も付け加えられていた。
「これらを踏まえて契約の言葉を作らないといけないんだけど…何か変更したい点は?」