「契約の龍」(127)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/11/06 02:09:42
――こうやって無事に育ちあがってくれて、ほっとしておるよ。…性格の方は幾分素直さが減ってしまったようだがな。それも最初の主に比べればかわいいもの。…外の世界というのは、そんなに風当りの厳しいものなのか?森の主。
そう問いかけられて、クリスの祖母が肩を竦める。
「時と場合によるわね。自然の風と同じで。根こそぎ折れてしまうほどの強風には、なかなかお目にかかれないけどね」
――ふむ。…してみると、主はよほどの強風に晒されたと見えるの。人の子が、皆生来はあのようなものとするならば。
…あ、この話の風向きは、まずい。
「あの…ところで…どうして私がその「継承者」と見做されるのか、お聞きしたいのですが」
――なぜか、と問われるか?…さて。…理解しやすい言葉で言うと、「先の主たちと似ていたから」であろうかな。…むろん、外見が、ではないぞ?
「…はあ…」
大魔法使いの見た目が一歳児…というのは、想像し難い。
「では、何が?」
――一言で言うならば、人の子が言うところの、魂、かな。人の子が「転生」と称するものが、同じかどうかは、判らぬが。
「……転生…」
「あんたがたの意見ではどうなの?この人はかつてのあんたがたの主の生まれ変わりだと思う?」
――…であればいい、とは思うとるがな。前の主の時は、見極めがつかなんだで。
「そうであればいい、というのは、なぜでしょう?」
――そなたにはおらぬのかな?もうひとたび、まみえたい、と思う、失われし者が。…まあ、二十年ほどしか生きておらぬのでは、無理からぬやもな。
「生まれ変わりを待てるほど、人は長生きしないもの。無理を言わないでもらいたいわ」
――そうだったか?そういうときは、自らも転生するものと相場が決まっておるが。
…相場?
「どこからそう言う知識を仕入れてくるやら。大方、学院の女子学生の戯言辺りかと思うけど」
――そう言うそなたとて、かつては女子学生であったろうに。
「私の事はどうだっていいでしょう?とっとと「継承者」についての説明を終わらせてほしいね」
――何か、急ぐ理由でも?
「理由はいくつかあるわね。でも、それ聞いてる暇があったら、説明をお願いしたいわ。あんたがたを「継承」する上での、メリットとデメリットについて。連れがそろそろ退屈し出しているから、手短に」
継承する上での、メリットとデメリット?
――むちゃを言うの。何がメリットで、何がデメリットかは、人によって受け止め方が違おう?
「でも、それこそ赤ん坊のころから見てきてるんだから、この人の考え方の傾向は判るだろ?」
――それはまあ、ある程度は、な。
えーと…
「その、説明は聞かないといけないのでしょうか?」
「聞かなくても契約は可能だけど、注意点は聞いておいた方がいいと思うが?」
「えーと…説明も聞かない、契約もしない、という選択肢は…」
――契約を拒む、というのか?そなたは
半透明の緑色をした美女の顔が苦痛に歪む。…それは見るに忍びない。が。
――…だが、その選択は、もはやできぬ。そなたは既に自らを「庭園を継ぐ者」と宣言してしまっている。
…は?そんな覚えは…
――古の、「力ある言葉」で。
……まさか。
「どおりであっさり通路が開いた訳だわね。…通路を開く呪文、あの子から聞いた?」
うなずくしかない。
「よっぽど、切羽詰まってるのねえ。そんなだまし討ちみたいな手を使うなんて」
切羽詰まっている事は想像に難くないが…だまし討ちって?
――自身が了解していないのに、勝手に本人自身に後継者を名乗らせた、という訳か。…言葉が判らぬのをよい事に。
…もはや何が何やら…
「…聞こえてる?あの子は切羽詰まってる。だから、ぜひともあなたには「庭園の主」になってもらいたい。だから、ちゃんと話を聞いて」
「……聞こえています。で、その、メリットとデメリット、というのは」
――そなたがわれらと契約すれば、時、所をかまわず、われらの力を引き出す事ができる。しかし、常にわれらがそなたとともにある。
「…常に?」
――いつ、いかなる時も。それが最初の契約であったが故。
「…それは、つまり、ここから出られない、と?」
――それは意味しない。しかし、われらの一部がそなたにつき従う。
「さっきから気になってたんだけど、その、「われら」って?」
――われら、とは…この「庭園」の内にある、すべてのモノ。…ああ、当然ながら、学院の学生と契約しているモノは除くがな。
「…すべて?」
――大地に属するモノ、大気に属するモノ、を含めて、な。
「…その、契約をしてしまうと、以降、学生はここでは契約ができなくなる?」
――それは、ないかと思う。われら自身、どれだけのモノがわれらに属しているか把握しておらぬ故。
大雑把な。
「まどろっこしいな。その、契約とやらの正確な文言は判るか?」