生きる{6}
- カテゴリ:日記
- 2026/10/25 11:23:33
やっとのことで、町中を抜け出し、加茂川を渡った。その東側には、いくつもの寺院があったはずだが、その光景が一変していることに気付かされる。よく戦乱時には、寺院を攻めて焼け落とす、と言われる。昨夜も、これらの寺院が、町中から少し離れているとはいえ、西側か東側かわからぬが、同じような被害を加えた模様である。
常和は、燃え落ちた寺院と思われる、場所の前を通りかかる。そして、その前に立つ、大木が視界に入った。幸運にも、その樹木の強靭さ故か、炎の渦に巻き込まれなかったようだ。青々とした緑の葉が、太陽の光を吸収して、キラキラと輝いている。そして、かすかに通り過ぎる微風に、かすかに戦いでいる。常和は、心のなかで、「良く無事でいられたものだ」と、呟いている。
大木は、それを小耳に挟んだのか、次のように言葉を返してきた。
「いやぁ~、実に暑かった。一時は、あまりの暑さに、焼け死んでしまうか、と思ったよ。しかし、炎の嵐をかいくぐり、私の緑の傘の下に逃れてきた母子の命を、どうしても守ってあげたくて、気力を振り絞って両手を広げたのさ」と、自分の根本にうずくまる人影を指さした。
常和は、大木の根本を、しかと見つめる。
そこには、一晩中、我が子を両手で抱えて、炎の渦から我が子を守ろうとした末に、憔悴しきった状態の女がいた。顔を近づけた常和に、女が、かすかに唇を震わせる。
ーーー「この子に水を」ーーーーー
常和は、腰に下げた竹筒の飲料水を、その子の口に含ませた。女の顔、髪の毛、そして、服装は、炎で焼けただれている。しかし、どことなく醸し出される気品があった。彼女は、常和に、何やら話したい様子で、彼を見る視線に、深い思いを忍ばせている。
常和は、女の口元に、耳を近づけた。
ーーーーー「この子は、一休宗純の娘。どうか命を」ーーーーーと、呟いている。
即座に、常和の口から次の言葉が発せられ、女を包んだ。
「私は、一休宗純殿に縁のあるものです。ソナタの言葉、自分の心に、しかと受け取りました。確かに、お預かりいたします」
女は、この言葉を聞いて、かすかに笑みを浮かべた。そして、息絶えたのである。
常和は、赤子を静かに抱き上げた。そして、何かの為にと持参していた袋に、そっと入れた。娘は、すやすやと眠っている。その様子を確認しながら、袋を肩にかけた。
常和が、昨年の秋に、京都の町中で、赤子の多恵を預かった経緯を、過ぎ去りし時をたぐりながら、思い返している。
と、その時、よちよち歩きの女の子が、「おにいちゃん」と叫びながら、抱きついてきた。まだ片言しか話せないが、こうして会えることが、よほど嬉しいのだろう。その仕草や表情に、現れている。まだ、年齢は二歳。愛くるしい、盛りである。
後ろに、穏やかな表情をした平蔵夫婦が、笑いながら立っている。
「お世話になっています。何ぞ多恵が、手を煩わせるようなことをしてはいませんか」
「なんのなんの、むしろその逆ですよ。この子と過ごすのが楽しくて。子供のいない我々にとっては、子を育てるのが、夢だったんです」
常和は、その言葉を聞き、万感の思いで、「それは良かった」と、胸の内で呟いた。
今年に入り、常次郎と共に、京都大原から相模三浦へ来る際、少し悩みはしたが、多恵もつれてくることにしたのである。館の内には、この子を養育する女手がないことから、この夫婦なら大丈夫だろう、という常次郎がの判断から、名主の平蔵夫婦に頼んだのである。
常和は、多恵としばし遊んだ後で、「また来るからね」と、言い残して、館へと戻っていった。

























