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白露の人 2


お話は、まだ続くのでございます。
虫の声を聞きながら、私はただ、縁側に腰を掛けて、自分の影法師をじっと見つめておりました。すると、おや、と思うことがございました。
生垣の向こうから、一人の若い女の人が、こちらへ歩いてくるのでございます。絣(かすり)の着物をすっきりと着こなして、手には小さな風呂敷包みを持っています。近所に住む、真理恵さんという、いつもお使いの途中に我が家の前を通る娘さんであります。
私は慌てました。今しがたまで「誰か私を見つけてくれ」などと浅ましい妄想に耽(ふけ)っていたくせに、いざ人間が近づいてくるとなると、まるで泥棒でも見つかったかのように、胸がどきどきと高鳴り、逃げ出したくなるのでございます。私は思わず、手元の本で顔を隠し、読書に没頭している偽装(ポーズ)を凝固させました。
足音が、我が家の門の前で、ぴたりと止まりました。
「もし、眠さん」
鈴を転がすような、というのはまさにこのような声を言うのでしょう。私は、心臓が口から飛び出すかと思うほど驚きましたが、あくまで「今、気付いた」という風を装い、ゆっくりと本を伏せました。
「おや、真理恵さん。何か御用ですか」
「いいえ、御用というわけではございませんが……」
真理恵さんは、恥ずかしそうに頬を染めて、生垣の隙間から私の庭を覗き込んで言いました。
「眠さんのお庭の、その、桔梗(ききょう)の葉のところに、綺麗な露が結んでおりますね。先ほど通りかかったとき、あまりに美しいので、つい立ち止まってしまいました」
私は、言葉を失いました。
彼女が見ていたのは、私の情けない顔でも、私の書いた見窄(みすぼ)らしい原稿でもなく、ただの、庭の草の上の白露だったのでございます。けれども私は、その一言で、自分が世界中から許されたような、妙に晴れがましい、くすぐったい気持ちになってしまいました。
「そうですか。あれは、白露というのですよ。お日様が出れば、すぐに消えてしまう、儚(はかな)いものですがね」
私は、わざと気取った調子で、物知り顔にそう言いました。真理恵さんは「まあ」と小さく感嘆して、それから、手にした風呂敷包みから、紙に包まれたものを一つ、私に差し出しました。
「これ、母が作ったふかし芋でございます。まだ温かいですから、眠さん、どうぞ」
真理恵さんは、それだけ言うと、まるで悪戯(いたずら)が見つかった子供のように、赤くなって足早に去っていきました。
手元に残されたのは、新聞紙に包まれた、ずっしりと重い、温かなお芋。
私はそれを抱きしめるようにして、また一人、縁側にぽつねんと取り残されました。さっきまで、あれほど「消えてしまいたい」と願っていた私の冷え切った胸の中に、いま、お芋の温かさがじわじわと染み渡ってゆくのでございます。
庭の白露は、いつの間にか、昇ってきた朝日に照らされて、キラキラと黄金色(こがねいろ)に輝き始めていました。
消えてしまう前の、ほんの一瞬。それでも、こうして誰かに見つけてもらえるならば、白露として生まれてきたことも、あながち悪いことばかりではないのかもしれないと、私はお芋の匂いを嗅ぎながら、いささか調子よく、現金(げんきん)にも、そう思い直したのでございます。

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