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心の逃亡者2


昼間の人間たちの、あのむっとするような生々しい欲望の匂いに、私はとうとう耐え切れなくなった。
皆、他人の足を引っ張り、己の懐を肥やすことばかりを考えて眼を血走らせている。そんな彼らの「正体」に気が付いてしまうたび、私は吐き気すら覚えるのだ。
だから私は、夜に逃げる。
薄暗い坂道を下ると、古びたガス灯が、まるで病人の吐息のように頼りなく、青白い光を路面に落としていた。
世間という名のうるさい檻から抜け出した私は、今や完全なる心の逃亡者であった。
見上げれば、冷徹な月の光が、私の情けないお道化の仮面を剥ぎ取るように、静かに照らしつけている。この冷たさだけが、今の私には救いだった。
「お前も、逃げてきたのか」
ふと足元を見ると、ガス灯の影から、一匹の黒い野良犬が姿を現した。
夜の闇をそのまま切り取ったような、煤けた黒い毛並み。
その犬は、私を哀れむでもなく、さりとて威嚇するでもなく、ただじっと濁った眼で私を見つめている。
人間たちのギラギラした欲望とは無縁の、ただ生きることに倦み疲れたような、その虚ろな眼差し。
私はポケットの中で、一銭の手持ちもない冷えた手をぎゅっと握りしめた。
「おい、私を連れて行ってくれ。あの、欲望も月光もない、本当の暗闇の向こうへ」
犬は小さく鼻を鳴らすと、ガス灯の光を背にして、また静かに夜の底へと消えていった。
私はその黒い影を追うように、また一歩、ふらふらと歩き出す。

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