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自己紹介代わりに過去を振り返る

自己紹介なんて洒落たことができるほどの中身がないので、ぐだぐだと過去でも振り返ってみようのコーナー。どうしてこんな独特な思考回路のネガティブ人間が生まれたのか興味を持った方向けです。エンタメ性などない。



幼稚園時代はお寺で座禅させられた記憶があるくらい。

たまに葬儀で「今唱えてるお経、なんか知ってるなぁ」となるのはこの頃の記憶のせいですね。

小学校時代もあまり覚えておらず、父親に「クラブは運動系にしろ」と言われたことと、「今どきパソコン使えないとだめだ」と言われてタイピングの練習をさせられたことくらい。
その当時からすでにブラインドタッチができ、パソコンの授業でタイピングゲームを余裕の完全クリアして、周りに「OLみたい」と言われました。
OLの意味を分かっているのだろうか。

小4くらいから色々あって、地元のソフトボールチームに加入しました。
互いにミスを責め合う最悪のチームで、私が団体行動を嫌うようになった元凶になります。

中学生になったとき、そのチームから野球部に入らなかったのは私だけで、「なんで野球部に来ないのか」と問われて、「むしろ、なんでこのチームで続けようと思えるのか」と困惑しましたね。

相変わらず、運動部ではないとダメだという縛りを受けていたので、私はそれなりに経験のあったバドミントン部へ入部。
ちゃんと体育館でスポーツとしてのバドミントン経験があった私は、1年生にしてレギュラー「候補」になる程度の立ち位置でした。
身体がそんなに強くないので、予測能力と反射神経だけを活かして、博打に近い無茶な攻めを混ぜつつ、相手の嫌がることをし続けるタチの悪いプレイヤーでした。
私が過去に唯一好きでやっていたことはバドミントンくらいだったと思います。
謎のコネを使って、関東大会出場経験のある6歳上の先輩にコーチを頼み、泣きながら練習していたことを覚えています。
私達が学校の外で勝手に強くなっていくせいで、顧問が付いていけなくなったのか、年を経るごとに「未経験」、「自称経験者の英語教師(公園で遊んでるレベル)」、「体育教師」と顧問がグレードアップしていくのが面白かったですね。
どうも私たちが卒業した後は県外から来た、ちゃんと教えられる教師が顧問になったらしく、それなりの強豪校へと進化したようなので、勝手に「頑張った意味はあったのかなぁ」と思っています。

ここまで中学のことを書くと、結構楽しんでたのかなぁと思うかもしれませんが、私は学年内では普通にいじめられていました。
さほど過激なものではなく、ひたすら聞こえるように陰口を言われるくらいで、ただ不快なだけ。
部活ではレギュラーで、学力では偏差値70程度あり、一部から「優等生」というあだ名で呼ばれるような存在だった私がなぜそんな目に合っていたかというと、いわゆるカースト上位のグループの攻撃対象を友人から私にすり替えたからです。
当時、私には自殺願望を持っているどころか、未遂をしたことのある友人が居まして、その子が異常に強い正義感のもと、カースト上位を批判する発言をしそうな状況がありました。このまま放っておいたら、余計なものを敵に回して友人がいじめられるのは容易に想像できます。そして、厄介なことにその友人は本物の自殺願望者。そんな最悪の状況に陥った私は思いました。

「自殺を止め続けるよりは、私を標的にさせて耐えた方が楽だ」と。

あまり経験したことがある人は居ないと思いますが、本当に自殺しようとするタイプの人間から「今から死ぬ」とメッセージが飛んでくるのって冗談じゃなく怖いんですよね。
唐突に「今、屋上に居る」とか送られて来るんですよ。
私の些細な言動の全てに、相手の命がかかってるんです。
少しでも間違えたら、間接的な人殺しになれます。
あの恐怖に比べたら、自分が強いと勘違いしているどうでもいい奴らから、毎日嫌がらせされる方がよっぽどマシなんですよね。
まぁ、そうして私はその友人が言おうとしていたことを代わりに言い、無事にいじめの対象になることに成功しました。
私があまりに平然としているせいか、音楽教師に「あんまり気にしてなさそうだけど、大丈夫なのか」とそれとなく聞かれたことがあります。
教師も極力関わりたくないんだろうなぁと少しイラつきつつ、圧倒的にリスクの方が多いだろうに声をかけてくれただけ、まだ良い先生かと思い直しました。
人間なんてそんなもん。

あと中学生活において、触れておかなければならないのは勉強方面ですかね。
しれっと途中で偏差値が70程度あったと言いましたが、私はそれの価値をまったく感じていません。所詮上位2~3%なんですよ。「10年に1人の逸材」のような表現がありますが、この表現に倣うと「日本で1年に1万人程度の人材」くらいです。私は「日本で1年に1人の逸材」が近くに居たので、この程度のものに微塵も価値を感じませんでした。
でも、周りの人間はそう思わないようで、私に対して「天才だ」とか言ってくるんですよ。私は頑張っても本物に勝てなくて苦しんでいるのに、「天才は楽で羨ましい」とか言われるんです。「天才」でもなければ、「楽」でもない。それを主張したところで、「なんでもできるくせに謙遜するな」だとか、「嫌味か」とか言われ、理解者などいない。「天才」に対して劣等感を抱きながら「天才」として振る舞い、私の努力はすべて「才能」という言葉でなかったことにされる地獄の始まりです。

厄介なことに、ある程度頭が良いと「進路は当然、進学校だ」という偏見があり、大人たちから勝手に志望校を「偏差値の高い学校」に指定されます。私は当時、電子工学だとか、プログラミングだとかが勉強できるところが良いと言っていましたが、父親に「そういうのは頭が悪い人たちが手に職を付けるために行く場所だ」と言われ、全否定されました。
結局、私自身のことなど見ておらず、子供が優秀だというステータスが欲しいだけなんだろうなと思い、一切勉強せずにテストを受けて成績をわざと下げるという地味な抵抗をし始めました。

そんな抵抗もむなしく、高校はトップレベルの人たちが滑り止めに使うくらいの学校に入学し、ひたすら勉強漬けの毎日でした。
ただでさえ、家に帰るのが夜遅い時間になるのに、毎週小テストが数個あるのでその勉強もしなきゃいけない。
当然、宿題は別で毎日大量にあり、自由など存在しない。
入学できている時点で偏差値70越えている子しかいないはずなのに、勉強についていけないと言って退学した子が2人いたくらいの環境ですね。
大学受験に微塵も興味がないので、ただ卒業するためだけに勉強していました。

その結果、最終的には父の出身大学を滑り止めにし、それよりもギリギリ上の大学に、わざわざ一番倍率の高くて無駄に難しい形式の入試で合格するという、とてもささやかで自己満足でしかない抵抗に成功しました。
本当に学歴が一番大事なのであれば、やる気のない私にすら学歴が劣っている父に色々言う資格ないよねという無言の主張です。

字数制限が近いので、話を飛ばしますが、数年前にプログラミングを覚えたらしい父に「〇〇(私)もプログラミング勉強した方が良い」と言われたときは本気でぶん殴ろうかと思いました。
私の認知が歪んだのって8割方この人のせいだと今は思います。

字数上限なので今日はこの辺で。




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