1976年 日本のROCKから10枚。
- カテゴリ:音楽
- 2026/08/14 09:00:06
荒井由実、矢野顕子、吉田美奈子、大貫妙子、大滝に細野に鈴木茂に達郎……。
ハイハイ名盤ですね。はっぴいえんど/ティンパン系列は日本商業音楽の誇り。
こういう立派な方々がほぼ絡んでいないアルバムを10枚挙げよう。
【1】Char
十代半ばからスタジオの仕事をやってた竹中氏のメジャーデビュー盤。
ご本人は当時、歌謡界を利用して面白おかしく暮らそうと思ってたそうな。
しかし『Smoky』を始めとする16ビートのノリに我々はブットビました。
【2】Vibration(YELLOW)
『国旗はためく下に』で有名なバンド、後のジョー山中さんに通じる音楽性。
このバンドには後にChar氏と組むお酒大好きなジョニー吉長さん、
マキ&OZや竜童組を手伝った川崎雅文氏が在籍してました。
【3】多元宇宙への旅(Far East Family Band)
喜多郎も在籍した瞑想/ヒーリング系バンド、当時のハッパ愛好家のマスト。
ですがヒーリング、トランスの現代市場規模を考えると先見の明があった。
ジャケットは某教団を思い起こさせるので見たくない。嫌いなバンド。
【4】ブラックホール(コスモス・ファクトリー)
こちらは技巧派プログレ。ノヴェラやKENSO、美狂乱等のプログレバンドや、
PRISMなどのクロスオーバー/フュージョンにもつながる音楽性でした。
後期クリムゾンの亜流? 日本プログレ界の大半がそうだったのです。
【5】ゴールデン・ピクニックス(四人囃子)
傑作曲と腑抜けたシティポップ要素が混然雑多となっている困った盤。
森園さんの歌唱がアングラフォーク系だからそう響くのかなー。
『カーニバルがやってくるぞ』『泳ぐなネッシー』が好みです。
【6】セカンドハンド(憂歌団)
天使のダミ声と評された木村充揮の衝撃は大きかった。
巷では彼が在日コリアンということで完全否定するブルース好きも多かった。
在日と括られる方々がジャズとロックで果たした役割を、誰かまとめて頂戴。
【7】仁輪加(サンハウス)
『有頂天』に続くセカンドアルバム、これまた大傑作です。
村八分やサンハウスを知ってる世代からすると、パンクには興味が薄い。
菊のボーカルと鮎川さんのギターは50年経っても何も揺らがない。
【8】MURASAKI(紫)
沖縄を代表するバンド。パープルの影響が強すぎ、ボーカルもパワー不足。
でもこの頃、喜納昌吉やコンディショングリーン等も本土に紹介され、
沖縄の音楽を意識するきっかけにもなった。
【9】吼えろ!BOW WOW(BOW WOW)
亡き渋谷陽一がプッシュしたのは逆効果ではなかったのかしら。
歌謡ロック期のChar氏より遥かに商業臭さが感じられ硬派ファンは敬遠。
私は山本氏より、後にARBで活躍する斉藤光浩氏のほうが好みでした。
【10】セカンド(めんたんぴん)
日本のグレイトフル・デッドと評価されることが多くなりましたが、
はっぴいえんど的音楽性をアメリカンロックに寄せた感じ。
『夕焼けまつり』『今日も小松の街は』等々、現代人が好みそうです。
全てそれなりの規模のレコード会社から出ていて、店頭にも並んでた。
でも売れない。冒頭に挙げたニューミュージック系音楽がすごい勢いだった。
比較的メジャーなバンドでもそうなんだから、アングラ系は……悲惨なもの。
もっとも、そうした不遇の中で自主レーベルを立ち上げるしかないと感じ、
70年代後半からインディーズが次々と現れ、影響力を持つようにもなる。
そちらの話ができるのは10年後かー。もう死んでるな。地獄でやろう。

























