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夏帆、セルフコンパッション

夏に子供の本を買うために本屋へ行ったら、夏帆、という本とセルフコンパッションという本があったので買った。セルフコンパッションという本は自己啓発本というのだろうか。メンタルをアップグレードしてくれるような本だった。けっこうアダルトな内容というか、そうでもないけど、真面目なだけの本かなと思って買ったら、大人におススメな本だった。ちょっと買ってしまった後になって、そこまで心と体に言及するのかってちょっとビックリする内容だった。


 今年の夏、初めてプッチーニのトゥーランドットっていうオペラについてちょっと知った。なんか気になるな。トゥーランドットって思ってた。数あるオペラの中でもそれが気になってた。それはプッチーニの遺作だった。トゥーランドット作ってる最中に、プッチーニは亡くなったそうだ。そんな死ぬ直前まで筆を持ってたんだな…っていう偉大なる仕事人間に感動した。そのプッチーニさんが死ぬ間際に書いてたのが氷の女王。その心を動かす愛とは何かを教える、美しい心を持った少女リューだったんですよね。トゥーランドットの中で、私はこのリューという美しい少女、あまりにも儚い美しいこの世界の尊い奇跡の凝縮したような存在を、一体どんな女性作家が描いたんだろうって最初、女の人が書いたんだと思ってました。そしたら作家さん、男性でした。男性だし、しかも六十代の死に瀕した、死にかけの老人が超絶ピュア少女を書いてた…。しかも、ただの少女じゃなくて、リューという尊い神聖な、といえるまでの清廉潔白な乙女の純情を形にしたような、そんな少女が登場するんですけど、そんな穢れない美しい少女を、死にかけたお爺ちゃんが書いてたんだな~って思って、そのことにしみじみ私は考えさせられて、トゥーランドットにでてくるリューにしばらく憑りつかれてました。老人の描く、少女について…。以下ネタバレあり

 夏帆
 村上春樹氏の小説のなかでも珍しく、女性が主人公。夏帆ちゃん。この夏帆ちゃんが、年齢にしてはなんか、おっとりとしてる。おっとりというか。どっか足りないというか、欠落してるというか。いや、むしろどっしりしてる?というか。なんというか、回転数の低いパワーのあるエンジンみたいな…。劣っているというんじゃなくて、ゆっくりしてるというか…。そういうちょっと特殊な老婆みたいな…老婆感を感じる主人公なんですよね。若い女性にしてはあまりにも感情が落ち着きすぎている。でも物語の中ではとてもじゃないが、まだ年寄りという年齢には見えない。でも、彼女はまるでハウルの動く城のソフィーのように、どこか慎重で、でも愛を抑えきれないというような女性像を結んでいる。この夏帆ちゃんという女性は、別にそうと望んでないのに、自分は何も望んでないのに、巻き込まれるというか、周囲の流れに逆らえず、どんどん望まぬところに関わってしまう、というような、主体性のまったくない女性として描かれている。主体性はまったくゼロなのに、でも、最終的に決定的な行動をするのは、夏帆ちゃん…という、謎の行動力を見せつけてくれます。最終的に夏帆ちゃんはトゥーランドットの氷の女王ならぬ、白アリの女王をやっつけますが、そのやっつけた時に「やった!悪の権化をやっつけたぞ!」とか勝利の雄たけびとかあげませんね(笑)そういうのがなんか、さすが、主体性が無いから苦労して勝ったみたいな主体的な悦びもないんだな~っていう、一貫した主体性の無さみたいな描写が好きだなって思いました。
 トゥーランドットという希代の傑作においては、心無い女王VS儚い少女の戦いは、氷の女王の勝ちでしたが、令和時代の文豪の描く心無い女王は白アリの女王と呼ばれその戦いは、儚い夏帆ちゃんの勝利でした(笑)そこがなんとも反骨反骨していて、まだその年で…というのか、その年だからなのか、あまりに自由闊達な、天衣無縫な、おもねらないその芸術の勝利を高く掲げるようなその力強い冴えた筆致には、おばさんもう、大興奮でした(笑)令和時代には、リューのような美しい儚い女性は、女王に包丁刺すんだな(笑)って、時代を感じました(笑)なんとも現代だなぁ…と、女性総理大臣の時代だからとかはあんまり関係ないかもしれないけれど、プッチーニの時代と、現代で、こうもお爺ちゃん作家の描く少女にこんな違いがあるもんか…と、歴史の先端と発端を見て、「うわ~(笑)」って言ってます。

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