左回りのリトル(16)
- カテゴリ:自作小説
- 2026/06/12 22:37:19
「何してたの」と尋ねると、空は「天井見てた」と答えた。部屋はフロアライトだけを灯して薄明るく、ベッドには彼女がすっぽり抜け出た跡が残っていた。僕は天井を見上げた。
「眠れない時、お父さんは天井に何が見えたか考えてた」
彼女の言う事が何となくわかる。
部屋が暖まった。僕らはもう決められた位置に座り、同じ膝を抱えた姿勢で左回りの螺旋と向き合った。
「誰もいない一人の部屋なら、自分の思いが見えるのかな。もしかしたらこんなふうに」僕は絵を指さす。「時を、記憶を遡って」
「わからないけど、思い出す事はあったと思う。私もそうだったから」
「そうだね。一人の時は、過去か未来か、どちらかばかりを思う気がする」
「過去を思う時は寂しい時なのかな」
「寂しい未来が見える時もある」
断言する僕を空が振り返った。「今は見えないんだね」
「今?」少し考える。「うん、今の僕の姿を僕が見ようと思ったら、鏡が要る」
「鏡」
「誰かが必要って事だよ」
空は考え込む。「うん、わかる」
「さっき彼女と久しぶりに話した。彼女は本当に冴えた鏡で、僕は彼女と出会って自分でも気づかなかった様々な持ち物を見つけてしまったんだ。寂しさとか畏れているものとか、まあ、そんなもの」
空は黙って、一人分の空間を見ている。
「そんなものを見せつけられて辛い反面、そんな事ができるのは彼女だけだったから、僕にとって彼女はとても鮮やかな存在だった。だけど僕らの手持ちの札は同じだったから、勝負がつかなかったんだね」
「勝負」
「たとえだけど」苦笑。「寂しさを交わす他に求める術がなかった」
「それでも」空がぽつりと言った。「一緒にいたかったでしょう」
「時間に置いてきぼりにされるかと思った」
僕はふうっと息を吐いた。「僕らの周りでどんどん時間が過ぎていって、僕らに見える景色は混乱してしまった。手を放したら現実がそこから僕らを引っぱり出した。それが空に初めて会うひと月前」
現実。
「彼女が現実の在処を訊ねたのは僕ではなかった。僕は鏡を失って、それまで見えていたものが見えなくなった。わかるのはそれまで見ていた過去で、きみが僕をかなしく見えると言ったのはそれなんだと思う。今がわからなくなってしまった僕」
「誰もいないの?」
「うん。今知りたいと思う事はわからないままだった。きみに会うまでは。だから、さっき彼女に、僕は空が大事だって言ったんだよ」
最初、空はよくわからないという顔をしていたが、少しずつ呑み込んだのか「え?えっ?」と慌てだした。それがあんまりおかしくて、僕は床に転がって笑った。
「ああもう、今までの僕の抱擁は何だったんだ」
「だって山崎君も抱きつくし」
「山崎か。あいつも空を大事にしてるけど」
「違うの?」
「試してみる?」
「いい、遠慮する」
「残念」と言ってごろりと空に背を向けた。先刻とは違う種類の涙が出そうになった。
僕はまた一駅ぶんを歩いて帰った。僕と、空と。山崎と。美久と。
(続く)




























