Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



マウスウォッシュ

夜更け。

洗面台の灯りだけが、
小さな港みたいに部屋を浮かべている。

透明な液体を口に含む。

規定の三十秒。

そのあいだだけ、
時計は律儀に進むのに、
心の中では何年かが勝手に逆走する。

誰のことだったか、
もう名前も曖昧なのに。

春の匂いとか、
改札の向こう側とか、
返事にならなかった言葉とか。

そういう輪郭だけが、
水面の月みたいに残っている。

ぶくぶくと揺れる記憶は、
吐き出せば終わるはずだった。

けれど排水口へ流れていくのはミントの香りだけで、
流れ損ねた季節は、
今夜もどこかに引っかかっている。

鏡の中の自分は、
何事もなかった顔をしている。

それが少し可笑しくて、
少しだけ切ない。

口の中だけが妙に清潔で、
胸の奥には、
名前のない余韻がまだ残っている。

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