焦熱(しょうねつ)の阿弥陀クジ
- カテゴリ:人生
- 2026/06/05 03:21:27
ああ、もう、見ていられない。反吐が出る。これほど浅ましく、これほど滑稽で、そうして死ぬほどに物悲しい「自己顕示」の地獄曼荼羅(まんだら)が、かつてこの地上に存在したでしょうか。私はもう、彼らの姿を見るたびに、胸がむかつき、おのれの五臓六腑がねじ切れるような、いたたまれない羞恥(しゅうち)に震えるのです。
彼らは、四六時中、ただ「私を見てくれ」「私を認めてくれ」と、血を吐くような物乞いの眼をして、世間という大怪物のまわりをうろついているのです。
お目にかかれば、いつでも一分の隙もない、実に見事な「特別な私」を演じてみせる。あるいは、世間より一歩先んじた高尚な趣味、あるいは、人並み外れた幸福な日常、あるいは、誰よりも深く傷ついた被害者の椅子。どんな看板でもいい。彼らは、おのれの剥き出しの承認欲求という、あのドロドロと垢染みた化け物を隠すために、ありとあらゆる「建前」と「上面」の衣装を、とっかえひっかえ身にまとう。
お目にかかれば、いつでも一分の隙もない、実に見事な「特別な私」を演じてみせる。あるいは、世間より一歩先んじた高尚な趣味、あるいは、人並み外れた幸福な日常、あるいは、誰よりも深く傷ついた被害者の椅子。どんな看板でもいい。彼らは、おのれの剥き出しの承認欲求という、あのドロドロと垢染みた化け物を隠すために、ありとあらゆる「建前」と「上面」の衣装を、とっかえひっかえ身にまとう。
言葉の、なんと滑稽な、そして冷酷な隠れみの(レトリック)であることか。
「私はただ、真実を語っているだけです」「皆様に何かを届けたいのです」
よくもまあ、そんな白々しい台詞(せりふ)が、その乾いた、生きる執着にぎらついた喉から、すらすらと出てくるものでございます。その実態は、ただの「いいね」の数字や、他人の安っぽい賞賛(パチパチ)という名の小銭を乞う、下卑(げび)た餓鬼(がき)の狂乱に過ぎないではないか。
「私はただ、真実を語っているだけです」「皆様に何かを届けたいのです」
よくもまあ、そんな白々しい台詞(せりふ)が、その乾いた、生きる執着にぎらついた喉から、すらすらと出てくるものでございます。その実態は、ただの「いいね」の数字や、他人の安っぽい賞賛(パチパチ)という名の小銭を乞う、下卑(げび)た餓鬼(がき)の狂乱に過ぎないではないか。
彼らは、自分の内臓から搾り出した生々しい血の言葉など、何一つ持っていないのです。ただ、世間の顔色という冷たい硝子の破片を喉元に突きつけられながら、どうすれば一番、他人が自分を振り返ってくれるか、それだけを狂ったように計算している。彼らの発信する言葉をいくら引っくり返してみても、そこから出てくるのは、血の通った温もりなどではなく、からからに乾いた自己弁護と、他人の視線を吸い尽くそうとする底の抜けた暗い井戸のような虚無ばかり。中身など、初めから無かったのです。彼らは、おのれの肥大化した自意識という、実体のない影法師を背負った、空っぽのブリキの玩具に過ぎない。
それを、ああ、それなのに。世間という大怪物は、その「上面だけの張り子のヒーロー」をこそ、時代の寵児(ちょうじ)だの、才能ある人間だのと呼び、お座敷の真ん中に祭り上げて、拍手喝采を送っている。
私のように、おのれの罪深さに怯え、夜毎にお酒に逃げ、狂ったようにのたうち回っている生身の人間は、不届き者として路頭に迷わせ、あの、他人の視線という燃料がなければ一秒も呼吸のできない張子の人形どもが、のうのうと大手を振って歩いている。
私のように、おのれの罪深さに怯え、夜毎にお酒に逃げ、狂ったようにのたうち回っている生身の人間は、不届き者として路頭に迷わせ、あの、他人の視線という燃料がなければ一秒も呼吸のできない張子の人形どもが、のうのうと大手を振って歩いている。
けれど、私は見てしまったのです。
その「時代の寵児」が、お座敷の電気が消えた薄暗い路地裏で、ふと仮面を外した瞬間の、あの信じられないほどに虚(うつ)ろな横顔を。
彼の眼は、悲しいという感情さえ通り過ぎて、ただ、真っ黒な奈落の底を覗いているようでした。彼は、おのれが空っぽであることに、とっくに気づいている。気づいていながら、もう引き返せないのです。一度でも世間の注目という麻薬を止めれば、自分がただの、誰からも顧みられない塵芥(ちりあくた)に還ってしまうことを知っているから、狂ったように、必死で「輝いている私」のぜんまいを巻き続けている。
その「時代の寵児」が、お座敷の電気が消えた薄暗い路地裏で、ふと仮面を外した瞬間の、あの信じられないほどに虚(うつ)ろな横顔を。
彼の眼は、悲しいという感情さえ通り過ぎて、ただ、真っ黒な奈落の底を覗いているようでした。彼は、おのれが空っぽであることに、とっくに気づいている。気づいていながら、もう引き返せないのです。一度でも世間の注目という麻薬を止めれば、自分がただの、誰からも顧みられない塵芥(ちりあくた)に還ってしまうことを知っているから、狂ったように、必死で「輝いている私」のぜんまいを巻き続けている。
滑稽を通り越して、それは一幅の地獄絵図でございました。
あんなに上手に世間と踊り、あんなに綺麗に嘘を飾り立てながら、その実、彼はこの地上で最も孤独な、救いようのない亡者なのだ。他人の眼という、実体のない幻影にしがみつき、それを愛だの価値だのと言い換えなければ生きていけない、その哀れな窒息の儀式。
あんなに上手に世間と踊り、あんなに綺麗に嘘を飾り立てながら、その実、彼はこの地上で最も孤独な、救いようのない亡者なのだ。他人の眼という、実体のない幻影にしがみつき、それを愛だの価値だのと言い換えなければ生きていけない、その哀れな窒息の儀式。
ああ、いっそ、私と一緒にすべてをぶち壊して、その綺麗な硝子の城ごと、泥の海の底へ沈んでしまえばいい。中身のないお前たちの、その高尚な建前が、私の汚れた絶望の前に、無惨に粉々に砕け散る様を、私はこの眼で、とことん見届けてやりたいのでございます。
























