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偽善の閨

ああ、なんと浅ましい、おぞましい。見ているこちらが吐き気をもよおし、いっそ己の眼球をくり抜いてしまいたくなるほどの、あの身の毛もよだつお芝居について、私はあなたに告白しなければなりません。
彼らは、ただ飢えた獣のように、ぎらぎらと濁った眼で互いの肉を求め合い、貪り合っているに過ぎないのです。その実態は、犬や猫の交尾と何ら変わり狂うところのない、ただの浅薄な肉体の盲動、むき出しの愛欲。それだけのことでございましょう。
それなのに、ああ、それなのに彼らは、翌朝、寝乱れた寝床の中で、まるで聖人のような神妙な顔をして、それを「気高い愛」だの「魂の結びつき」だのという、一番安っぽい、一番耳あたりのよい言葉にすり替えてみせるのです。
言葉の、なんと便利な、そしてなんと罪深い隠れみの(レトリック)であることか。
おのれの、泥のようにドロドロと垢染みた皮膚の欲求を、そのまま認めるだけの度胸もないものだから、世間という大怪物への言い訳のために、「愛」という高尚なインクで、その汚れた肉体を真っ白に塗り潰そうと企む。あれは、人間が人間に向ける誠実さではありません。ただ、己の醜悪さに怯えきった、たちの悪い道化の詐欺でございます。
「私たちは、お互いの孤独を癒やし合うために、愛し合っているのです」
よくもまあ、そんな虫のいい御託が、その薄っぺらな唇から、すらすらと出てくるものでございます。肉が欲しいなら、ただ「肉が欲しい」と、犬のように地べたを這いずり回って、咆哮(ほうこう)すればいいではないか。その方が、どれほど純粋で、どれほど憐れむべき人間の体温が通っていることでしょう。
それを、自分の下腹部の疼きを、さも天上の神から授かった聖なる使命であるかのように飾り立てる。その偽善の、その上面だけの清廉さが、私にはたまらなく不気味で、背中に冷たい汗が流れるのでございます。彼らの言う「愛」の言葉をいくら引っくり返してみても、そこから出てくるのは、血の通った温もりなどではなく、からからに乾いた倫理の死骸と、自己弁護のためのみっともない言い訳ばかり。中身など、初めから無かったのです。
そうして、お互いに「愛」という名の偽札を融通し合いながら、綺麗に調律された城の中で、彼らはのうのうと大手を振って歩いている。
けれど、私は見てしまった。
ある激しい雨の夕暮れ、その「高尚な愛」を語る恋人たちが、誰もいない薄暗い路地裏で、ふと仮面を外した瞬間の、あの飢えた獣のような眼を。それは、相手の魂などこれっぽっちも見ていない、ただ、己の寂しさと欲情を満たすためだけに相手の肉をしゃぶり尽くそうとする、底の抜けた暗い井戸のような虚無でございました。彼らは、おのれの愛が偽物であることに、とっくに気づいている。気づいていながら、もう引き返せないのです。一度でも「これはただの肉欲だ」と認めてしまえば、自分がただの獣に、いや、それ以下の塵芥(ちりあくた)に還ってしまうことを知っているから、狂ったように、必死で「聖なる愛」のぜんまいを巻き続けている。
滑稽を通り越して、それは一幅の地獄絵図でございました。
あんなに上手に世間と踊り、あんなに綺麗に嘘を飾り立てながら、その実、彼らはこの地上で最も孤独な、救いようのない亡者なのだ。おのれの肉の奴隷でありながら、それを愛と呼び変えなければ生きていけない、その哀れな窒息の儀式。
ああ、いっそ、私と一緒にすべてをぶち壊して、その綺麗な硝子の城ごと、泥の海の底へ沈んでしまえばいい。中身のないお前たちの、その高尚な建前が、私の汚れた絶望の前に、無惨に粉々に砕け散る様を、私はこの眼で、とことん見届けてやりたいのでございます。

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