月光の森のしらべ
- カテゴリ:小説/詩
- 2026/06/03 00:34:31
一
だれも知らないみどりの森の
しづかな夜の ひかりのしづく
梢をぬらして あふれるものは
むかし僕たちがわすれた歌だ
だれも知らないみどりの森の
しづかな夜の ひかりのしづく
梢をぬらして あふれるものは
むかし僕たちがわすれた歌だ
おまへの髪に 月光(つきかげ)がふり
やさしい指が ともしびを消す
そのときかすかに 風のひびきが
ぼくらのまはりで 輪を踊るだらう
やさしい指が ともしびを消す
そのときかすかに 風のひびきが
ぼくらのまはりで 輪を踊るだらう
二
青いあざみの しをれる蔭に
あまたの星の またたきが湧き
微風(そよかぜ)はただ ささやいている
すべては夢の あわひのこと、と
青いあざみの しをれる蔭に
あまたの星の またたきが湧き
微風(そよかぜ)はただ ささやいている
すべては夢の あわひのこと、と
おまへのひとみに 涙がひかり
私の胸に 夜がひろがる
月光(つきかげ)の森の 遠いしらべは
さよならのやうに あまくせつない
私の胸に 夜がひろがる
月光(つきかげ)の森の 遠いしらべは
さよならのやうに あまくせつない



























1本の線としてつながる解釈私たちは自由に生きる:人生にはあらかじめ決められた「完成形(詩の終わり)」はありません。私たちは誰もが、自分の意志で日々を紡ぐ詩人です。いま、この瞬間を愛する:終わりや目的がないことは、虚しいことではありません。むしろ、終わりがないからこそ、いま言葉を紡いでいる「この瞬間」を全力で愛し、肯定できます。変化し続ける美しさ:世界は常に変わり続けます。完成させて固定するのではなく、未完成のまま変化し続けること自体が、生命の本来の姿(真理)です。つまり、終わりのみえない詩とは、「ゴールに到達することではなく、歩み続けること自体が人生の美しさである」という強い生の肯定を表しています。
終わり(ゴール)がないからこそ、いま生きるプロセスそのものに絶対的な価値がある」ということです
ジャン=ポール・サルトルが提唱したように、人間にはあらかじめ決められた本質がありません(実存は本質に先立つ)。終わりの見えない詩は、「人生という白紙のキャンバスに、自ら言葉を紡ぎ続けること」のメタファーです。意味や目的(=詩の終わり)が最初から用意されていないからこそ、私たちは自由に自分自身を定義し続けることができます
目的や終着点がないという虚無(ニヒリズム)に絶望するのではなく、「そのプロセスそのものを愛し、何度でも詩を詠み続けること(アモール・ファティ:運命愛)」こそが、究極の生の肯定であると解釈して下さい 失礼いたしました。