沖縄本土復帰記念日
- カテゴリ:人生
- 2026/05/15 00:06:22
こんばんは!15日(金)は、西日本から北日本の広い範囲で晴れるでしょう。
沖縄も概ね晴れますが、先島諸島を中心ににわか雨や雷雨がある見込みです。
【好きな水族館の生き物は?】
A、ドルフィンファンタジー伊東さんのイルカです。
☆ドルフィンファンタジー伊東のイルカとは、
伊東港の海上イケスで暮らすバンドウイルカ(Bottlenose Dolphin)で、
来場者が触れる・遊ぶ・泳ぐことを目的に飼育されているイルカ達のことです。
■バンドウイルカ Common Bottlenose Dolphin
Tursiops truncatus
◇基礎情報
・分類 :哺乳類クジラ目イルカ科バンドウイルカ属のイルカです。
・分布 :世界中の温帯から熱帯海域に分布しています。
・生活環境 :沿岸や湾、外洋です。
・体長 :約2~4cmです。
・体重 :約150~300kgです。
・食性 :魚類と頭足類です。
・活動 :昼夜を問わず活動しています。
・社会性 :流動的な群れを形成しています。
・繁殖 :出産間隔は数年で長期の子育てを行います。
・天敵・脅威:シャチや大型鮫、混獲、船舶衝突です。
▲保全状況:IUCN(国際自然保護連合) さん
(International Union for Conservation of Nature)
IUCNさんが定める「保全状況(IUCN Red List)とは、
生物がどれだけ絶滅の危険にさらされているかを示す国際的な指標です。
▽IUCN保全状況
世界中の動植物や菌類を対象に、
絶滅リスクを科学的に評価した一覧表(レッドリスト)で、
1964年から運用されまして、
世界で最も包括的な絶滅危惧評価システムとされています。
又、個体数や分布、生息環境、脅威等を基準に、
9つのカテゴリーに分類されています。
▼IUCNレッドリストの9カテゴリー
(危険度の高い順)
・絶滅(EX) :野生にも飼育下にも個体が存在しないものです。
・野生絶滅(EW) :野生では消滅で飼育下のみです。
・深刻な危機(DR):極めて高い絶滅リスクのものです。
・危機(EN) :非常に高い絶滅リスクのものです。
・危急(VU) :高い絶滅リスクのものです。
・純絶滅危惧(NT):近い将来危険になる可能性があります。
・低懸念(LC) :絶滅の危険が低いです。
・データ不足(DD):評価に必要な情報が不足したものです。
・未評価(NE) :まだ評価されていないものです。
これらは世界共通の基準で、
A~Eの科学的評価基準に基づいて判定されています。
*A~Eの科学的評価基準・・・個体数減少率や生息域の縮小、
個体数規模等
▽重要な理由
絶滅危惧種の保護政策(保護区域設定や法律整備等)の根拠になり、
国際条約(CITES等)や各国のレッドリストの基準にも利用されまして、
生物多様性の健康状態を示す世界的な指標です。
<概要>
〇ドルフィンファンタジー伊東 さん
住所 :静岡県伊東市荒井2丁目4-14
電話番号:0557-38-9133
営業時間:9:00~17:00
定休日 :年中無休(天候の荒れ具合や動物の体調によって休養することあり)
アクセス:JR伊東駅から車で約5~10分です。
@施設案内
ドルフィンファンタジーさんは、
伊東ダイニングサービスさんと施設を併用しています。
その為、どちらの名称で検索しても出てきますが、
伊東ダイニングサービスで検索いただいた方が確実に表示されます。
受付や休憩スペース、貴重品ロッカーは2階で、
トイレや更衣室、シャワー室は1階にあります。
スーツのまま入れるお風呂や外付けシャワーもあります。
@料金
コース 金額(税込み価格) 開催期間
ふれあいコース 7000円 通年
夏季スイムコース 16000円 4~11月
冬季スイムコース 13000円 12~ 3月
スイムペアコース 27600円 4~11月
見学コース 1100円 通年
付添コース 605円 通年
ドルフィンダイビング 16000円 12~ 3月
*料金に含まれるものや含まれないものについては、
お手数ですがHP等でご確認ください
*燃料費高騰の影響により、
漁船に伴う乗船料が暫定的に1出船お一人様200円増額になります
【沖縄本土復帰記念日】 Okinawa Reversion Day
★沖縄本土復帰委記念日は、1972年5月15日に、
沖縄がアメリカ統治から日本に復帰したことを記念する日です。
<概要>
〇沖縄本土復帰記念日
@日本に復帰
1972年(昭和47年)5月15日午前零時に、
27年間にわたるアメリカの施政権下に置かれていた沖縄が、
ついに日本に復帰しました。
第二次世界大戦の終結後も沖縄は日本から切り離されまして、
住民はアメリカ軍統治のもとで生活を送り続けました。
通過はアメリカ軍発行のB円(ビー苑)やドルが使用されまして、
道路は本土とは反対の右側通行でした。
沖縄から本土へ渡る際にはパスポートの取得が必要でありまして、
沖縄の人々にとって「日本」は外国と変わらない手続きを経て、
訪れる場所でした。
@沖縄返還協定
復帰の法的根拠となりましたのは、
1971年(昭和46年)6月17日に宇宙中継を通じて、
東京都ワシントンで同時調印された「沖縄返還協定」です。
この協定が翌1972年5月15日に発効したことで、
施政権が正式に日本へ返還されました。
問題 前年の1969年には佐藤栄作首相と、
ニクソン大統領による日米首脳会談が行われました。
この日米首脳会談で話し合われた返還の内容について、
次の文章の???に入る言葉を教えてください。
〇日米首脳会談で話し合われた返還の内容
「核抜き・???」の返還が約束されていましたが、
実際には30か所以上の米軍基地や弾薬庫、演習場が沖縄に残されまして、
その総面積は沖縄県全体の約12%を占めていました。
本土との経済格差も解消されないまま残りまして、
米軍基地をめぐる問題は半世紀以上が経過した現在も、
沖縄県の重要な課題であり続けています。
1、本州並み
2、本土並み
3、本土等
ヒント・・・〇???
当時の沖縄は米軍統治下にあり、
米軍基地の存在や核兵器も後込み・貯蔵、
日本の法制度が適用されない状態で本土とな異なる扱いでした。
お分かりの方は数字もしくは???に入る言葉をよろしくお願いします。
























