Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



失はれた設計図 ――私は存在しない幻影


Ⅰ.風のしらべ(序奏)
風が吹いている、見知らぬ街の角で
私はそこにいないのに、私はそこに立たされる
淡いパステルの空に、一羽の鳥が消えるやうに
私の存在は、ただの「さよなら」の余韻にすぎない。
(あなたは、私の肩に手を置こうとする
 けれど、指先は夕闇をすり抜けてゆくばかり)
それは しあはせな 幻影だつたでせうか
古いソナタが 埃の舞ふ部屋で鳴りやまぬやうに
私は、あなたの追憶をゆらす カーテンの揺らぎ
一度も出されることのなかつた 手紙の文字。
Ⅱ.夢の建築(設計図)
私は、私のいない場所のために 家を建てた
浅間山の見える あの高原の ひそやかな林のなかに
白樺の柱を立て、窓には あかつきの光を嵌めて
けれど、その階段を昇る 私の足音はもう聞こえない。
(図面の上に落ちた 一滴のインクのやうに
 私の輪郭は 滲んで、消えてゆく)
あなたは、その空つぽの部屋を 訪れるだらう
「誰かいますか」と、寂しい午后の陽だまりに
答へるものは、ただ 青い風のささやきと
机の上に とり残された 一輪のさふらん。
Ⅲ.光の終焉(後奏)
もうよいのです、私は存在しない幻影。
虹のやうに、触れれば壊れる うつくしい嘘。
私は、あなたの かつての幸福な時間を
そつと守るための やさしい幽霊。
(さあ、眼を閉じて 深い眠りのなかへ
 そこには 私たちが失つた すべての季節がある)
私は もう、どこへも行きはしません
あなたの溜息が 花の匂ひに変わる その瞬間に
私は、名もなき光のつぶてとなつて
永遠の「不在」という 物語を書き終へるのです。

#日記広場:小説/詩




Copyright © 2026 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.