Nicotto Town ニコッとタウン

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居留地の残照2

南山手の坂、十六番館の庭から見下ろす海は、
夕日に焼かれて、まるで溶けた金細工のようだった。
対岸の稲佐山が、その赤い光を背負って巨大な影を作る。
「綺麗ね」と呟くお前の横顔は、
どの景色よりも残酷なほど美しかった。
石畳を歩けば、すれ違う誰もが足を止め、
半分混じった異国の血が織りなすその造形に、息を呑むのがわかった。
隣を歩く俺は、ただの幸運な浮浪者に過ぎなかった。
観光通り、喫茶ウミノ。
俺のグラスには、氷の音だけが虚しく響くブラックコーヒー。
お前の前には、銀の器に高く盛られた、雪のようなミルクセーキ。
お前はそれを、小さなスプーンで大切そうに掬いながら、
また俺の「地に足のつかない」生き方を、低く、静かに叱るんだ。
あのアイスコーヒーの苦みも、
お前が好んだミルクセーキの、舌がとろけるような甘さも、
今はもう、どこにも売っていない。
十六番館は消え、ウミノも消えた。
そして、あんなに美しかったお前さえ、
稲佐山の向こう、空の彼方へと消えてしまった。
夕日が海に沈むたび、俺はあの日の景色を思い出す。
世界が赤く染まる数分間だけ、俺の足は石畳に吸い付く。
そこにはまだ、お前のヒールの音が残っている気がするから。
「地に足、ついたかしら?」
風の中で、誰かが笑った。
俺は新しい煙草に火をつけ、
二度と戻らない、俺たちの黄金時代(ゴールデン・デイズ)に、
最後の一杯を捧げた。

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