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自作小説倶楽部4月投稿

『生き写し』

「申し訳ありません。ドクターメルクは緊急手術中です。終了時刻は未定です。死亡診断書の作成はそれまでお待ちください」
痩せた不愛想な看護師はちっとも申し訳なさそうに俺に告げる。妻が横たわる死体安置所の守り人のように冷ややかな対応だ。病院の受付には暖かな昼の光が差し込んでいたが俺はうら寒さを感じ、一刻も早くここを離れたくなった。
「こんなことってあるか。葬式の手配だけでなく、やらなくちゃならないことはたくさんあるんだ」
「助かるかもしれない命がドクターメルクの手術にかかっているのです」
俺の抗議を看護師は壁のように跳ね返す。
胸の中の罵詈雑言をぶち撒けようとして、俺は口を閉じた。通路の先にある待合室で数人、受付で一人の看護師がこちらの様子をうかがっている。注目を集めるのは避けるべきだと理性がささやいたのだ。
俺は、携帯の番号を看護師に伝え、死亡診断書が出来たらすぐ連絡するように念を押して、病院を飛び出した。
行く先なんて無い。用事は何をするにも死亡診断書が必要だ。
いらいらと歩きながら、看護師、メルクという医者、それから妻、ついでに妻の主治医にも心の中で悪態をつく。そもそも妻が入院していた病院を自主退院せずに、そこで死んでくれれば手間なく、俺の望み通りの死亡診断書が手に入ったはずだ。やぶ医者には相応の報酬を払っていた。どいつもこいつも地獄に落ちればいい。
そう考えた時に着信があった。先に連絡を入れていた妻の仕事先の男だ。怒りを抑えて電話に出ると奴は開口一番にこう言った。
「ミスターウイリアムス? カミラが死んだなんて嘘だろう?」
「何を言っているんです? 冗談でも妻が死んだなんていうわけがないだろう」
「私は見たんだ。バスの窓から、彼女が歩いている姿を、黒っぽい服装でキャリーケースを引いていたと思う。ちらりと見ただけだが健康な時の彼女そのものだった」
「馬鹿な。彼女は病から解放されて死の安寧の中さ。頼むから俺にも少しは平安を許してくれ」
妻が復活する様子を少し、想像してみる。蘇っても健康体になるはずはない。毒はかなり彼女をむしばんでいた。衰えた容姿も肉体もどうにもなるまい。
通話を強引に切ると、また着信があった。
今度は妻の従兄からだ。
「はい」
「ウイリアムスさん? 僕たち、今、タクシーで病院に向かっています」
「早いですね」
「もともと、今日は彼女と会う約束だったんです。間に合わなくて残念です」
「約束?」
疑問への回答は無く通話はぷつりと途切れ、俺の横に車が停止した。
「よかった。行き違うところでした」
後部のドアが開いて長身の従兄が姿を現す。
「来てくれて感謝します」
会話の続きをすべきかどうか考え、従兄の背後の気配に目を向けた俺はそこに妻の姿を見た。
   ◆◆◆
皮肉にも俺は病院の簡易ベットの上で目を覚ました。気を失った俺を妻の従兄妹たちが病院に運び込んだのだ。
妻、いや、死んだ妻ではなく1年前の健康な頃の妻にそっくりな女は妻の従妹だと自己紹介した名前はエリザベス。
嘘だ。口から飛び出しかけた言葉を呑み込む。
妻の血縁は調べつくしたはずだ。残って居るのは従兄のマルクのみ。
警戒しつつも表面上は平静に対応する。
「妻からは貴女のことを聞いたことがないんですよ。どうしてなんでしょう?」
彼女は悲し気に微笑んだ。
「カミラはいたずらをするつもりだったんですよ。私たち、子供の頃から入れ替わりを楽しんでいたんです」
「さぞかし可愛らしい女の子だったんでしょうな」
「ええ、」
エリザベスは何かを言いかけたが遠い目をして黙り込んだ。
悲し気な瞳が俺をとらえると落ち着かなくなった。妻と対面しているかのような錯覚、しかし得体のしれない圧力も感じる。俺は彼女から目をそらした。
「すいません。まだ調子が悪いようです。少し休ませてください」
「ええ、病院の了解はもらっています。こんな時に大丈夫な人なんていませんわ」
彼女は立ち上がるとなめらかな動作で病室を出て行った。
まったく、忌々しい。
仕草まで妻に似ているのだ。
横になって。遺産や生命保険の手続き、それから事業計画を考えようとした。しかし脳裏に妻の記憶がちらついた一年と少しの付き合いだったが、外見は嫌いじゃなかった。
妻が蘇ったら、俺に復讐するだろうか?
あり得ない考えが浮かび、首を振った。
妻は死んだのだ。
俺は起き上がり、病室を出た。腕時計を見ると針は止まっている。舌打ちして歩きだす。一体何時間眠っていたのか。何かがおかしかった。それを打破するための現実が欲しかった。
俺の現実は、毒にむしばまれて痩せて死んだ妻の遺体だ。
階段側に案内図を見つけ、死体安置所まで歩く。引き戸は嫌な音を立てたが開いた。
長い台の上にシーツを掛けられた物体があった。シーツをめくる。
が、そこにあったのは見知らぬ老人の遺体だった。強い嫌悪感を覚え目をつぶる。
薄暗い部屋の中を見回しても妻の姿は無かった。
冷たい汗が背中を伝う。
「何をやっているのですか?!」
入り口から覗いたのは若い看護師だ青い顔をして俺を見つめる。
「妻をどこにやった?」
俺が詰め寄ると、ひっと悲鳴を上げあとずさる。思わず手を伸ばした。周囲からざわめきが起こった。誰かが俺の腕を掴み、首を羽交い絞めにする。
「やめなさい」
気が付くと、カミラの顔が側にあった。怒りのこもった瞳で俺を見つめていた。
 ◆◆◆
「検査結果はもういらないかな?」
マルクは書類を挟んだバインダーをひらひらと振った。カミラの遺体からは数種類の毒物が検出された。
「あの程度なら、すぐに正気に戻るわよ。その時、しっかり法の裁きを受けてもらうためにも保存しておいてね」
「わかりました。当主様。しかし本当に何もやっていないんですか?」
「やっていないわよ。あの男が勝手に怯えただけ、もしかすると本当にカミラの幽霊でもいたのかもしれないわ。本当に、私は不老ではあるけど、特殊能力は無いのよ」
「わかっています」
マルクはまったく信じていない。
一族は世界中に散らばり、細く長いつながりでつながっている。その中心にいるのがエリザベスだ。彼女は数百年生きているらしい。派手な行動はしないが、何故か一族のみんなは彼女が特別で大好きなのだ。




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