Nicotto Town ニコッとタウン

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その時は突然やって来た・・

まいど~っ☆


やっと気分が落ち着いたというか精神面が回復したので久しぶりにブログ更新


遡る事、1か月前(3月30日午前2時前)
その時が突然やってきました

オカンが・・・しました( ノД`)シクシク…

肺がんを患っていたので、前兆が無かったわけではありません
薬がよく効いていて副作用はあるものの頑張ってました

この日の1か月ちょっと前くらいから咳が出始めてて、たまに喘息のような勢いで咳をしてました
大病院でのレントゲン検査では、肺が前より少し白くなっている
痰が肺に絡まってる?などという理由で、薬を大量に出されて飲用してたけど一向に治る気配なし
逆に、薬の副作用なのか腹痛が頻発して便所に走る日々に

2週間ほど薬を続けても咳が全然治ってなかったので
『このままでええんか? いつもの所(家から近くのかかりつけ医)でちょっと診てもらったほうがええぞ』
オカンがそこの院長をお気に入りだったので

オカン『そうするわ』
いろいろな検査をしてもらった結果
院長から『(大病院で)もう一回ちゃんと診てもらったほうがええ、紹介状書いたるから』と言われて検査結果が入ったCDと紹介状を持って帰ってきました

翌々日に大病院に行くも、前回よりも少し肺が白くなってる
薬変えて様子見ましょうってだけであまり変わらず
でも、身体のほうは…大した動きもしていないのに息切れ、呼吸が荒くなってたりしてた

その1週間後も・・(大病院での)検査では殆ど変化なし
体調は改善しないまま、しんどさだけ増えていってる感じで日課にしてた散歩も行かない日が出てきたり、途中で引き返したりし出した

さらに翌週も・・(大病院での)検査では改善した形跡なし
ですが、この頃に俺が見ただけで体調に変化が表れてきてました
声が少し変になっていて、顔色もやや悪くなってるような感じに(・_・;)

その日から3日後、俺が深夜にリビングでテレビ見ながらPCをやってる時にオカンが起きてきてお茶を飲みに来たんやけど、テーブルにもたれかかって『お茶飲むのもしんどいわ』と放った

それほんまにアカンぞ! 我慢出来へん思ったら救急車呼ぶから言いや…

その朝、うつろな状態でリビングに座っていた
『しんどいんか? 病院行くか?』
オカン『そうするわ』
『(親父に)今日は日曜やから(病院)休みやで、だから(大病院に)電話したれよ』

親父が電話で事情を説明、今から(オカンを)連れていくと言ったけど、救急車で来たほうがいいと言われたので119番

大病院へ・・
応急措置の部屋の前で1時間弱待機

部屋に呼ばれての第一声がいきなり
医者『こんな事言うたら悪いけど、持たんで』
『えっ!? えっ!?』言葉が出なかった

医者『これが前回のレントゲンと今回のレントゲンで、前回は肺の白い部分が右だけやったのに今回の見てみ、左まで来てるんや』
『ワシの今までの経験上やけど、3日持ったらええとこ。 可愛そうやけど、最悪1日持たん可能性もある。 すぐに親族に連絡しといたほうが…』
さらに『お母さん、以前に(担当医に)延命治療の話やってるわ。 お母さんは要らんって言うたとここに記録残ってる』

『えっ? どういう事よ?』
親父の顔を見たら??みたいな状態

基本的に、入院などを除くと重要な場面だけしか俺が大病院に付いて行くことはなかった
親父の車で行って親父が付き添い的な役目をしてたし、一緒に診察室に入って行ってたからちゃんと話を聞いてると信じてたし

その場で親父に問いただしたら、耳悪いから何言うてるのか聞こえてなかったから分からんかったと
呆れというかほんま腹立つクソ親父としか…

『治る可能性はないんですか?』
担当医『3%。 一応、ウイルス性やったら改善の可能性があるから抗生物質の点滴で様子見るけど…そこまで良くはならんで、長くはないで』


今まで家に居てたやん、倒れたわけでもないし、自分で便所にも行ってたし、救急車が来るという理由で自分一人で玄関に行って座ってたし…

まさかそんなに悪かったなんて・・
我慢強い人やから迷惑かけたくない一心で無理してたんやろな(-_-;)

緊急病棟に移動・・
オカンは酸素吸入状態だけど意識はハッキリしてて点滴がまだ終わらんのかとか言ってた
だから若干安心してた部分もあって
横で(オカンの)病気歴のアンケートや入院手続きの紙などを書いてたけど印鑑を押さなアカン部分とかもあったから
『(オカンに)一回帰るわな』
オカン『何でよ、ここで書いたらええやん』
『印鑑押さなアカンとこあるんや、必要な物って書いてるの持って来なアカンし、また来るわな^^』

一旦帰宅
 
ただやっぱ気になって、面会時間は基本的には14時~19時
入院の用意(タオル・歯ブラシ・着替えなど)を親父に渡して行ったってと18時過ぎに…
19時過ぎに親父は帰ってきて『(オカンの調子)どうやった(・・?』と聞いたら
『何か喋ってたで、よう聞こえんかったけど…』

それを聞いて油断というか、のんびりテレビを見てたら23時に突然病院から電話!
瞬時に嫌な予感はした
やはり、容体が急変して危ないという話だった

親父と慌てて病院に行ったら、すでに別室に移されていた
消灯時間の加減かもやけど、薄暗くて狭くて見た目からして、なんかもう終わりだなぁって場所

『オカァ、分かるか? けんちゃんやで~』
意識が混濁してるのか?しんどいのか?分からんけど反応はしてくれた

そのまま付き添う
時折オカンが動く=酸素マスクがズレてくる
俺が修正して付け直す。 何度も何度も・・1時間以上つづいた
さらに手を握ってあげてた(子供の頃以来、何十年ぶりの事やろ)

見た目穏やかになったというか、眠った?ようにも見えたので
『お茶買いに行ってくるわ』と病室を出た
4Fから1Fに降りて自販機でお茶購入、約3分後に4Fに戻ったら部屋に明かりがついてて騒がしくなってた

その時は突然やって来た

部屋を開けたとほぼ同時に
親父『急に心臓止まったって・・慌てて(医者たち)来たんや』
『えっ!?』
看護師『まだ聞こえてるので、話しかけてあげてください』

突然すぎて『オカン、オカン、俺のオカンやろ、もっと強いのが俺のオカンやろ』としか言えなかった

そして1分後、医者の宣告・・

救急で病院に行って14時間での出来事

いつかはこういう結果になると覚悟してたけど、辛すぎる
「うるさいクソババ、死ね!」なんて吐いた事もあった
そもそも居なくなる事を考えた事が無かった


あーしんど! 疲れた!
どこへ行っても常に口癖になってたが、今年は奈良へ初詣も行った JR奈良駅から春日大社まで往復歩いた
去年は万博も2回一緒に行った、椅子に座ったり休憩しまくりながらも2回とも3万歩くらい歩いた

今年は(別府の)杉乃井ホテルにまた行こか
あの大きな建物が全部変わって作り直したんやで、また(高崎山の)猿も見れるで?w
・・俺は約束を守れんかった(-_-;)

オカンが居なくなって1か月
いつまでも止まったままではアカンけど、オカンの部屋どころかオカンに関するもの・服用してた薬すら片付けていない
場所に困ってるわけでもないから、暫くはこのままだろうな

俺が手を放して病室を離れた僅かな間に
最後まで俺に気を遣ってくれるなよ( ノД`)シクシク… タイミング最悪やんけ
俺にとってオカンは最高! もし生まれ変われる事があるなら、また俺を子供にしてくれよ(-_-)/ ほんま長い間ありがとう

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