Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



亡き、三角屋根の駅舎


霧の向こう、雨の向こう。
どうしても振り払えない光景が、網膜の裏側に張り付いている。
あの日、寝台列車の窓越しに見た、彼女の濡れた瞳。
こらえきれずに溢れた雫が、駅舎の灯りを反射して、残酷なほど美しく輝いていた。
あの瞳が語っていた言葉を、俺はわざと聞き流し、鉄の箱に身を委ねた。
手渡された弁当の重みだけを、最後の絆のように握りしめて。
今も、雨が降るたびに思い出す。
あの一瞥(いちべつ)が、俺の心に消えない火傷を残したことを。
どれだけ時が流れ、駅舎の形が変わろうとも、
あの瞳の揺らぎだけは、霧に溶けることなく俺を見つめ続けている。
俺は静かに目を閉じる。
まぶたの裏に広がるのは、今も変わらず、あの夜のままの三角屋根と、
決して乾くことのない、彼女の瞳だ。

煙草の煙が、雨の冷気に混じって白くたゆたう。
俺は、もう動くことのない思い出の寝台列車に向かって、小さく唇を動かした。
「……あのお弁当、本当は、世界で一番うまかったよ」
答えは返ってこない。
ただ、雨音が激しくなるばかりだった。

#日記広場:人生




Copyright © 2026 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.