同志社国際 過去に辺野古「座り込み」共闘要請
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- 2026/03/31 23:49:59
●<独自>同志社国際 過去の研修旅行しおりで、辺野古テント村から共闘要請「座り込んで」 (産経ニュース)
https://www.sankei.com/article/20260327-S32QPRZY25NUHA4CJAXGFY7EOI/
●かつての平和学習も波紋 同志社国際しおりで辺野古座り込み募る「親に説明は」深まる疑念 (産経ニュース)
https://www.sankei.com/article/20260328-WMCPHIZCXZKR7FSVBJSGKMRW2I/
報道された「しおり」には、基地反対派の活動家による「座り込みへの参加要請」や「具体的な活動指示」が掲載されていたとされており、これが事実であれば以下の法的な議論に発展します。
●. 教育基本法第14条(政治教育)への抵触
・規定の内容: 第14条第2項では、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と定められています。
・問題点: しおりに「座り込み」という特定の政治的手段を推奨・案内する内容が含まれていた場合、それは単なる「学習」ではなく、特定の政治的立場を支持させる「政治的活動」とみなされる可能性が極めて高いです。
・一方的な価値観の提供: 普天間基地の辺野古移設には賛否両論がありますが、しおりの内容が反対派の主張に完全に偏っており、生徒に多角的な視点を与える「教育」ではなく、特定の運動への組織的な「政治的動員」に近い状態であったことは問題です。
私立学校には公立校より教育の自由がありますが、公教育の一環である以上、一方的な政治的プロパガンダを生徒に提供することは、この法律が求める「中立性」の逸脱と判断されます。
また、しおりの「座り込み」という具体的な指示は、教育理念の是非を超えて、「違法行為への加担・教唆(きょうさ)」という極めて深刻な法的問題に直面します。
●. 道路交通法違反(道路の不正使用)
「座り込み」が公道や工事車両の出入り口で行われる場合、以下の条文が関係します。
・第76条(禁止行為): 交通の妨げとなるような方法で道路に横たわる、座る、または物を置く行為は禁止されています。
・第77条(道路の使用の許可): 道路で工作物を設置したり、祭礼行事やデモ行進を行うには警察署長の許可が必要です。
・問題点: 学校が許可を得ていない(あるいは許可の範囲を超えた)座り込みを生徒に指示していた場合、学校側は道路交通法違反の「教唆(そそのかし)」、あるいは組織的な実行犯としての責任を問われる可能性があります。
●. 威力業務妨害罪(刑法第234条)
建設現場のゲート前などで座り込み、工事車両の通行を妨げる行為は、この罪に該当する可能性が非常に高いです。
・「威力」の定義: 数人(集団)で進路を塞ぐ、あるいは威圧的な態度で業務を妨げることは「威力」とみなされます。
・問題点: 修学旅行という学校行事の中で、組織的に工事(業務)を停滞させる目的で座り込みを計画・実行させたのであれば、引率教諭や学校法人は威力業務妨害の共犯あるいは教唆犯として刑事罰の対象になり得ます。
●. 児童福祉法違反および「教唆」の問題
未成年者(生徒)を違法な可能性がある活動に動員すること自体が、福祉の観点からも問題視されます。
・犯罪の教唆: 刑法第61条では「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する」とあります。もし教師が生徒に「座り込み(=業務妨害)」を指示し、生徒がそれを実行した場合、教師は実行犯と同じ重さの責任を負うことになります。
・教育的ネグレクトの疑い: 本来、生徒を法に触れるリスクから遠ざけるべき立場の学校が、逆に「法を犯してでも主張を通せ」と教えていたのであれば、それは教育の放棄(ネグレクト)に近いという批判も免れません。
●. なぜ「しおり」が決定的なのか
これまで学校側は、沖縄辺野古の抗議船について曖昧な表現で逃れることができました。しかし、過去の「しおり」に「座り込み」と明記されていたことで、以下のことが法的に証明されてしまいます。
・計画性: 学校が事前に組織的に抗議活動参加の準備していた。
・悪意(認識): それが業務妨害や交通妨害に繋がることを認識した上で、あえて計画に組み込んだ。
・強制力: 成績評価や学校行事という枠組みの中で、生徒が拒否しにくい状況(教唆・強制)を作った。
●.結論
この「しおり」の存在は、同志社国際高校の平和学習が、「平和を考える教育」という名目を借りた「特定の政治運動への動員」であった疑いを濃厚にするものです。
特に「座り込み」という言葉が明記されていたことは、学校側が法を軽視し、生徒を犯罪リスクに晒していたという批判を免れない決定的な事実となっています。


























