人口調査記念日
- カテゴリ:人生
- 2026/01/29 16:11:24
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【人口調査記念日】 じんこうちょうさきねんび
Population Census Memorial Day
☆人口調査記念日は1月29日です。
この日は、1872年に日本初の全国戸籍調査が行われたことに、
由来しています。
<概要>
〇人口調査記念日
@日本初の全国戸籍調査
1872年(明治5年)に行われたこの出来事は、
日本が近代国家へと歩みを進める上で非常に重要な一歩でした。
明治政府が実施したこの全国戸籍調査では、
前年の戸籍法に基づき、国民一人一人が記録された初めての試みであり、
「壬申(じんしん)戸籍」として知られています。
この調査によって明らかになったのは、
当時の日本の人口が男女合わせて約3311万人であったことです。
これは、現在の日本の総人口と比較しても、非常に興味深い数字であり、
その後の人口増加の歴史を考える上で貴重なデータとなっています。
人口調査記念日は、このような日本の歴史における重要な節目を記憶して、
戸籍制度の発展に思いを馳せる機会となっています。
しかし、記念日としての認知はまだ高くはなく、
多くの人々にとっては新しい情報の可能性があります。
★壬申戸籍
戸籍が編製された年(明治5年=1872年)の干支が、
「壬申」だったことに由来しています。
□由来のポイント
◆明治5年(1872年)の干支が「壬申」
この年に全国的な戸籍編製が行われた為、
その年の年号の干支を取って「壬申戸籍」と呼ばれるようになりました。
◇正式名称ではなく通称
当時の戸籍法に基づく最初の全国的戸籍であって、
後世の研究や行政文書でこの通称が広く使用されています。
☆壬申戸籍(1872年)以後の人口増加の歴史を考える上で、
最も貴重なデータ
「壬申戸籍を基準として算出された、
1873年(明治6年)~1919年(大正8年)の人口統計」です。
■壬申戸籍後の人口研究で重要とされるデータ
◇壬申戸籍を基準にした人口増減統計(1873~1919年)
壬申戸籍(1872年)の人口3311万人を基準に、
出生や死亡、転出、転入等の戸籍異動から人口を推計した統計です。
これは、国勢調査が始まる、
1920年までの人口推移を知る唯一の全国的資料です。
ただし、届け出漏れや無届移動が多く、
地域別人口の誤差が年々拡大したことが指摘されています。
▲壬申戸籍で届け出漏れや無届移動が多かった理由
▽戸籍制度そのものが急導入で、住民も役所も理解不足
壬申戸籍は日本初の全国統一戸籍で、
短期間で一気に作成されましたが、
住民は「戸籍とは何か」を理解しておらず、
届け出の義務意識が弱かったです。
役人も経験が無く、調査方法や記録の制度にばらつきがありました。
▼身分制度の崩壊期で、社会が流動化していた
明治維新直後で士農工商の身分秩序が崩れ、
移動の自由が広がりました。
仕事を求めての移動や旧身分を隠す為の移動が増加しまして、
その結果、転居しても届け出ない「無届移動」が頻発しました。
▽差別回避の為の「意図的な申告回避」
穢多(えた)や非人(ひにん)等の、
被差別身分が戸籍に明記されることを恐れ、
届け出を避ける例が多かったです。
役人側も差別的な扱いをした為、
住民が強力しない地域もありました。
●穢多・非人
江戸時代の身分制度における位置ですが・・・
・穢多
皮革加工や動物の解体、死体処理等、
「穢(けが)」れと結びつけられた職業に従事した人々です。
・非人
乞食(こじき)や芸能、刑場の補助等、
社会の周縁に置かれた人々です。
どちらも法的には「身分」でありまして、
江戸幕府の統制下で明確に区別されていました。
明治維新後も差別意識は残存しまして・・・
明治4年の「解放令」で法的には身分廃止となりましたが、
社会的偏見は全く消えず、
むしろ戸籍制度によって可視化されてしまいました。
●戸籍に明記されることが恐れられた理由
・身分が「公式記録」として固定される
壬申戸籍には「新平民」や「旧穢多」、
「旧非人」等の表記が明記された地域が多く、
これによって、
本人だけではなく子孫まで差別が継続する恐れがありました。
・結婚や就職、居住等で不利益を受ける
結婚相手の家が戸籍を調べて、
差別的な理由で破談になる例が多発しました。
又、雇用主が戸籍を確認し、採用を拒否することもありました。
さらに、住む場所を制限されることもありまして、
社会的排除が続きました。
・「解放令」後にも関わらず、差別が制度化される矛盾
法的には平等とされながら、
戸籍が差別の根拠として利用されるという逆転現象が起きました。
●役人側が行った差別的な扱い
・被差別身分を強調する記載
「新平民」や「旧穢多」、
「旧非人」等のラベルを役人が積極的に書き込みました。
又、地域によっては、
家ごとに差別的な符号(記号)を付けることもありました。
・調査時の扱いが粗雑(そざつ)で軽蔑(けいべつ)的
戸籍調査の際、家に入らないや物を触らない、
遠くから呼びつけるといった差別的態度が記録されています。
・記録の制度が低く、意図的な誤記もあった
年齢や家族構成を適当に書く等、他の身分より雑で、
一部では差別を強化する為に、
意図的に誤った記載をした例もあります。
問題 壬申戸籍によって、転籍や移動の届け出を拒否されることもありましたが、
次の文章の???に入る言葉を教えてください。
「身分が違う」という理由で、
役所が手続きを受け付けないケースもありまして、
その為、無届移動が増え、戸籍の不整合がさらに拡大しました。
1、戸籍の不整合
2、戸籍の消去
3、戸籍の売買
ヒント・・・〇壬申戸籍で生じた主な「???」
壬申戸籍は1872年に一斉に作られた為、
作成後の移動や出生、死亡がほとんど反映されませんでした。
又、調査が急だった為、年齢を「数え年」で一律に書いたり、
家族全員の年齢をまとめて推測で書いたり、
本人が覚えていない為、適当に申告することもありました。
お分かりの方は数字もしくは???に入る言葉をよろしくお願いします。

























こんばんは!お忙しい夕方にコメントとお答えをどうもありがとうございます。
スズラン☆さん、どうもお疲れ様です。
そうですね、差別が相当厳しかったですね。
はい、そうですね、身分が「公式記録」としてとなるのは怖いですね。
問題の答えですが、1番の戸籍の不整合です。
完璧ですね!!どうもおめでとうございました(祝)
いつの時代も、差別は困りますね。
やはり当時は差別が厳しかったので、
外れる方がいたんですね。
身分が「公式記録」されるのも怖いでしょうね。
答え 1