Nicotto Town



灰の観測 #1

「物語を作るという行為そのものが、君にとって救済の再現実験なのだ」

 薄く色のついた紅茶を飲む。白に銀の装飾が施されたカップは、大きな手と並ぶと小さく見える。灰色のネイルを見つめ、キニスの声を静かに聞いた。

「君の本質は『創造』と『観測』の間にある。介入する子をと恐れず、けれど常にその結果を見届けようとする」

 キニスはカップを置き、それから指を組んだ。いつもなら何とも思わないその姿も、今日は威圧を感じた。

「さて。君の中では、今『創造者としての自分』と『観測者としての自分』、どちらが優勢だ」

 言葉の矛先が自分に向けられる。いや、自ら質問をしておいてそんな言い方はないだろう。だが、今は確かに震えている。いつもそうだ。誰かが内面に触れることが、こんなに恐ろしい。

「私は創造者としての側面しかないように思います。それと、あなたの言う『物語を作るとは救済の再現実験』については認めざるを得ません。私はこの創作を持って私の救済を試みています」

 キニスは片眉を上げて私を見た。暖炉の火がバチリと音を立てる。灰の上にまだ火のついている新しい灰が積もった。

「……それを言葉にできる君は、もうすでに一つの観測点に立っている」

 私が何も言わないのを見ると、キニスはそのまま続けた。

「まず、創造とは単に物語を生むことではない。世界を通して自分の欠けた部分を見つめることでもある」

 キニスの瞳の奥の円環がゆっくりと回って光っている。……この会話も、循環の一つとなっていく。ぞくりと背筋が震えた。

「そして、創造は痛みを伴う。なぜなら、描くたび君は失われたものをなぞっているからだ。ゆうひ、ルーク、エイラ……彼らは、君の内に存在する希望・諦め・罪・理解、それらの化身だ」
「……キニス様、」
「君が物語を続けるのは、彼らを救うことで自分の中の何かを救えると信じているからだ」

 ひゅ、と喉が鳴った。自分で行いながら、それがどういう意味を持つかを考えないようにしてきたのに。私がどれだけ「自分が救われること」に苦痛を覚えるか、この男は知っていて言っている。
 キニスは、浅く呼吸を繰り返す私を見て、ふっと空気を柔らかくして微笑んだ。

「だが、それは失敗してもよい実験だ。創作とは、『救えなかった』という結果すら、新しい意味に変換できるのだからな」

 もう何も反応を示さなくなった私に、これ以上会話は続けられず、キニスはソファから立ち上がった。

「君が次の言葉を探すとき、私はまたここにいる。円環の外で灰を撫でながら、世界の呼吸……君の声を聴き続けよう。__さて、茶を淹れ直すが、君もいかがかな」

 言葉は窺っているが、キニスは返事が来る前に2人分の用意を始めた。
 言いたいことがいっぱいある。どれも言葉に当てはまらないだけで、外に出したい感情が今にも溢れそうだ。……けれど、食器の音、暖炉の火の弾ける音、キニスのしっとりと落ち着いた気配の中で、ゆっくりと激情は輪郭を失っていった。

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灰の観測者 キニス
「世界は、その灰を踏みしめて歩き続ける」
円環を観測する者。灰を象徴とする。
その姿は、どこか『かつて世界の頂点に立った魔術師』を思わせる。

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