自作小説倶楽部10月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2025/10/31 22:01:15
『予知夢』
声を掛けられて振り向くと僕より頭ふたつ分低い女の子が僕の顔を見つめた。その表情に失望が混じる。
「すいません。人違いでした」
「ちょっと待って、君、5日ほどこの神社で人を探しているよね」
踵を返そうとする少女を呼び止める。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。怒ってない。何か困りごとがあるんでしょう? そこのファミレスでお茶を飲みながら相談に乗るよ。でなきゃ学校に連絡するよ」
学校の名前を告げると少女は涙目で棒立ちになった。その様子は怯える小型犬のようで罪悪感を覚えそうになる。
「僕はこの神社の宮司の友人なんだ。君のことを相談されて監視カメラを見た。三日前は制服だっただろう?」
5日前は放課後の時間だったが、3日目から学校をさぼったらしく私服になった。男性に声を掛けていることも加え、友人は良識ある大人として放置できずに僕に対応を求めて来た。
◇◇◇
夢を見るんです。と少女は語り出した。
ココアに浮いたクリームをスプーンでくるくると回したが、飲まずにスプーンを置いた。
ランチタイムを過ぎたファミレスは落ち着きを取り戻し、時間がゆっくり流れている。その中で少女だけが闇をまとうかのような暗い表情をしている。
「怖い夢が現実になるんです」
「予知夢というやつ?」
思春期特有の思い込み、とは言えなかった。色白の顔の目元にうっすらと隈が浮いている。そうとう悩んだ結果彼女は行動している。おどおどしているのは話しても嘲笑されるか、信じてもらえない繰り返しの結果だろう。
「6日前、また夢を見ました。鼠色のコートを着た男性が階段の上からバランスを崩して落ちるところ。救いを求めるかのようにこちらに手を差し出して、それでも恐怖で顔が引きつって」
少女は、ぶるり、と身を震わせる。
「そういう夢はよく見るの?」
「多くは無いです。年に一回か、二回」
「飛行機事故とか?」
「そういう大きな事故ではないです。痴情のもつれとかそういう事件が多いかな。暴力を振るう旦那さんを刺すとか、喧嘩した相手の首を絞めるとか、怖いのは被害者の姿が見えることなんです。男の人の背中に包丁が刺さっていて、シャツが真っ赤に、」
旦那さんを刺すという事件は1年程前にニュースで見た覚えがあった。
「犯人は見た?」
「見えたことは無いですね」
「夢にほかに法則のようなものはある?」
「大体一週間後の夜ですね。でも、今回は視界がすごく明るかったので昼かと思う。だからいつ事件が起こるのかわからなくて困っているんです」
「今回はあの神社で事件が起こるんだ」
「それが、今回はあまり背景が見えないんです。目の前に男の人の姿があって、背景は白っぽくて、階段の色は似ているからあそこだろうと思うんだけど」
「じゃあ、ウチじゃないという可能性もあるんだね」
「ほかに色の似た階段があるんですか?」
「君は電車通学じゃないだろう? これまでの経験から事件が起こる時間を推測してみよう」
聞いてみると、やはりバス通学で神社はその路線にあった。人間は思いのほか視野が狭いものなのだ。
ファミレスを出て、その場所に少女を案内すると唖然として階段の下を見下ろして、ここに間違いないと認めた。
場所は駅の階段。階段もその下のタイルも白に近い色で、明るいのも夜間の照明のせいだった。
事件が起こる時間が予測できたのであとは簡単だった。友人たちと僕の配下に見張らせて予知夢から7日目の夜に痴情のもつれから男を突き落としかけた女性を止めた。暴力事件にならなければ被害者は女性の方なので男のほうには別に制裁を科すことにした。
◆◆◆
「あの娘が感知しているのは〈殺意〉だね。だから加害者の視点で夢を見る」
「荷が重すぎるよ。何とかしてあげないの?」
僕の解説に境内を掃除しながら友人が言った。
「持って生まれたものが才能であろうが障害であろうが何とか折り合って行かなくてはならないんだよ。僕が働く分、宮司の君は人生相談に乗ってあげな」
そう言うと僕は本殿の中に戻っていった。
























