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空の日

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おみくじ

こんにちは!低気圧の影響で全国的に雨が降る。

警報級の雷雨に見舞われる恐れもあり、警戒が必要。
西日本は真夏日の所も。
沖縄は晴れのち雨。

【空の日】 そらのひ Aviation Day

            Sky Day
 
            Day of the sky

☆「空の日」は毎年9月20日に制定され、航空の重要性を認識し、
 航空に対する理解を深めることを目的とした記念日です。

<概要>

〇空の日

@「空の日」の歴史

 ★戦時中の中断から復活へ

  1940年(昭和15年)から制定された「航空の日」は、
  戦争の影響で一時期中断されていましたが、
  1953年(昭和28年)に復活しました。

  そして・・・

  1992年(平成4年)、運輸省航空局によって「空の日」に改装され、
  新たなスタートを切りました。

  この名称は空の安全とさらなる成長を願って、
  航空への関心を高める為のものでした。

  名前が変わったとはいえ、その目的は変わらず、
  空と人々とのつながりを深める大切な役割を担っています。

  「空の日」が制定された年は、
  民間航空最下位40周年に当たる年でもあります。  
  この記念すべき年に、空の日は新たな息吹を得ました。

  空という存在は、私達の生活において非常に身近でありながら、
  その重要性について考える機会は案外少ないものです。

  空の日は、そんな空に思いを馳せる絶好の機会を提供してくれます。

 ☆日本の航空史における重要な日
  
  1911年(明治44年)のこの日には、
  山田猪三郎(やまだいさぶろう)さんが開発した、
  山田式飛行船が東京上空を一周する飛行に成功しました。

  これは日本の航空史における重要な足跡でありまして、
  その記念すべき日が「空の日」とされています。

  勿論、それ以前にも日本では航空の歴史がありました。

  1910年(明治43年(12月19日には、
  徳川大尉が代々木練兵場で飛行実験に成功しています。
  
  しかし・・・

  気候的な理由から、9月20日が航空の日とされたのです。

  これらの日々は、日本の高級技術の発展において大きな意味を持っています。

  私達が今日利用している飛行機の旅も、
  こうした歴史の積み重ねの上に成り立っています。

  空の日はそんな航空の歴史を振り返りまして、
  未来への期待を膨らませる日でもあります。

  ■山田猪三郎 さん

  文久3年12月1日(1864年1月9日)-
  大正2年(1913年)4月8日

  山田猪三郎さんは文久3年(1863年)、
  現在の和歌山県和歌山市に生まれました。

  少年時代から研究熱心であったといわれていますが、
  明治19年(1886年)、23歳の時に熊野灘で発生した、
  ノルマントン号事件をきっかけに、救命具の開発に取り組み始めまして、
  明治25年(1892年)にはゴムを使った救難浮輪を製造する為、
  現在の東京都港区芝浦に事務所を開設します。

  ◇ノルマントン号事件
    
    明治19年(1886年)10月24日、
    イギリス貨物船「ノルマントン号」が暴風により勝浦沖で沈没した際、
    イギリス船員26名は全員ボートで脱出しましたが、
    日本人乗客23名全員が船に残されて水死しました。

    *勝浦沖・・・和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
           (ひがしむろぐんなちかつうらちょう)

    治外法権下の領事裁判権に基づき、船長は無罪になりましたが、
    これは日本人に対する差別であるとして、日本の世論が沸騰します。

    *治外法権下の領事裁判権・・・外国人は日本の法律で裁けず、
                   本国の駐日領事による裁判を受ける

    不平等条約改正に向けての機運が、大いに高まるきっかけになりました。

    やがて猪三郎さんは、
    救命具に用いるゴムの技術を応用して気球を開発しようと考えます。

    明治30年(1897年)から研究に着手しまして、
    以後亡くなるまでの16年間にわたって、
    私財の全てを費やす程、気球・飛行船の研究に没頭しました。

    この当時、戦場における空中からの偵察の重要性に着目していた、
    日本陸軍の支援を受けます。

    猪三郎さんが明治33年(1900年)に開発した、
    「山田式凧式気球」と呼ばれる係留気球は、
    日露戦争(1904年~1905年)における、
    旅順(りょじゅん)攻囲戦の際に偵察用として、
    使用されたことが知られています。

    *旅順攻囲戦・・・ロシアの旅順要塞を、日本軍が攻略した戦争で、
             映画「203高地」等で知られています

    ▲「日本陸海軍写真帖(高島信義編 史伝編纂所 明36.7」

       「陸軍陸軍砲工学校にて挙行の凧式軽気球にして、
      昇せる軽気球により下図を撮影し、
      下より軽気球を撮影せられしものなり」

     このような解説が掲載されています。

     新井葉子さんの、
     「明治期の軍用空中写真(気球写真)に関する研究報告
      (「文化資源学 15巻」文化資源学会 2017」によりますと、
     この写真は明治34年(1901年)12月23日に行われた、
     陸軍砲工学校第九期高等科・第十期普通科学生の、
     卒業式の際に撮影されたものとされていますが、
     上述のように猪三郎さんの気球研究には、
     陸軍の援助があったとされていますので、  
     これが上述の「山田式凧式気球」です。

@「空の旬間」

 「空の日」を含む、9月20日から30日までの期間は、
 「空の旬間」と呼ばれています。

 この期間には、空港でスカイフェスタ等の大規模イベントが行われたり、
 空港施設の見学や航空教室が開催されます。

 「空の旬間」は空の日の趣旨をさらに広げまして、
 航空に関する知識や体験を通して、
 多くの人々に航空の魅力を伝える為に設けられたものです。
 
 子供から大人まで、多くの人が航空に触れる機会となっています。

 又、シンボルキャラクターの「くにまるくん」も、
 この空の日改称時に設定されました。

 語呂合わせで命名された愛らしいキャラクターですが、
 その背後には航空への親しみや理解を深めるという大切な役割があります。

問題 山田猪三郎さんが発明した気球に関してですが、
   気球は高度???mまで上昇したのかを教えてください。

1、100

2、200

3、400

ヒント・・・〇この気球

      全長25m、最大中径7、2m、高さ9、3mで
      前述の新井葉子さんの論文によると、
      2名が搭乗し、高度???まで上昇したことが記録されています。

さらにヒント・・・

〇女子???mの世界新記録

シドニー・マクラフリンレブロニ選手が、
2025年東京世界陸上競技選手権で樹立した47秒78です。

さらにこの選手は、???障害で50秒37の世界記録を持っています。

お分かりの方は数字もしくは、
気球は高度???mまで上昇したのかをよろしくお願いします。

      

    
    

  



  

  



 


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