Nicotto Town



仮想劇場『台風のヤツめ』


 南からやってきた容赦のない雨風は僕らの町に多大な迷惑をかけて東の彼方へと逃げて行った。
 
 通りに出るとどこかから吹き飛ばされたであろう『Ms.エリーモア』の立て看板が自販機の横で息絶えていた。アスファルトでずたずたに削られたその写真の女性にはもうかわいらしさの欠片もない。ただただ無慈悲であって無情の代名詞のように憐れだけがそこで蹲っていた。
 
 向かいのコンビニエンス・ストアの店長が大きなため息をついて吹き溜まった落ち葉を掃いている。そして傘立ての下にぐしゃぐしゃになって飛び込んだビニール本を恨めしそうに軍手でつかみゴミ袋に投げ込んでいた。
 
 会社の裏の来賓駐車場に我が物顔で停めてあった赤のアルファロメオに屋根瓦の鉄槌が堕とされたらしい。落胆した中年が空を睨み上げて何度も悪態をついている。
 
 
 だれがどう取り繕おうと結局は神様の気まぐれには勝てないんだし、いっそみんなで諸手を挙げて降参したほうがナンボか潔いと僕は思った。
 
 明日はうんざりするほどの快晴になるらしい。
 町の中心にできたあの大きな水溜まりも何事もなかったかのように消え去ってしまうだろう。
 世界で起きる大概の事はそんなものだ。日常のひとつだと割り切ってしまえば昨日今日の惨状がブルースを奏でることはない。

 ただ惜しむらくは東へと逃亡したあの理不尽な風に便乗して、僕が君の元へとひとっ飛びという素敵な夢が今回も叶わなかったということだけだよ。
 
 

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