Nicotto Town


としさんの日記


「青春の道標」1

その日の札幌の空は、厚い雲海に包まれていた。時折思い出したように振り出す雨には、もう冬の凍てつくような冷たさはない。雪や霙まじりの雨に変わって、初夏の雨には温かみがあった。(暖かいという文字はあえて使わない)

 

札幌市内から千歳空港に向かって走る、1台のワゴン車があった。朝靄の中を、車はスムーズに走り続け、一時間ほどで車は空港に到着した。

札幌からさほど離れていない千歳の空は、雲間から日が差し込み、天候の回復を暗示しているかのようであった。

ワゴンから一人の若い女が降りた。白のスーツケースとボストンバッグを抱えた女は、身を屈めるようにして車内を覗きこんだ。

 

「良子・・・林太郎に逢ったら、くれぐれも体に気をつけるように言っておいておくれ」

「ええ、わかってるわお母さん、大丈夫。これで今日は3度目よ、本当に心配性なんだから」

「そうだねえ、あんな事がなければ、こんな心配をする必要もないんだけれど・・・。だけど、本当にあの子の所に、おまえが行くってこと連絡しとかなくていいのかい」

「大丈夫、その方がいいのよ。あいつの普段の生活が見られるから。それじゃあ、もう時間がないから行くわ」

「竹村さんと、土田先生によろしく言っておくれね」

「わかってます。それじゃあ、行ってくるわ」

 

良子には、母の心中が痛いほど分かっていた。出来ることならば、自分自身で逢いに行きたいということを。だが、それが出来ないからこそ自分に頼んだのだと思った。良子には、辛い二つの役目を背負っていた。

良子は、めっきり皺の増えた母の顔を見つめて、微笑んだ。髪にも白いものが目立ちはじめていた。

 

良子は飛び跳ねるように車から離れると、ターミナルビルの方に向かって走りはじめた。

白のワゴン車は、良子の姿が消えるまで、停まっていた。

 

 

 

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