短編小説 - Me + Gemini ■ 雨の唄
- カテゴリ:小説/詩
- 2025/08/11 11:32:39
■ 雨の唄
六月の雨は、世界からすべての色彩を洗い流すかのように降り続けている。私は窓辺に座り、ガラスを伝う雨垂れをぼんやりと眺めていた。
窓の外は今日も厚い雲に覆われた灰色の世界・・ もう何日も陽の光を見ていない。
ローテーブルの隅に置かれたスマートフォンの画面は暗いまま。
彼女からの連絡が途絶えて、今日で一週間になる。
「これで、終わりなのかな・・」
ぽつりと漏れた独り言は、降る雨音に吸い込まれて消えていった。
溢れ出そうになる涙を、私はぐっと堪える。
泣いてしまえば、この恋心ごと流されてしまいそうで怖かったから・・
「少し距離を置こう」
「ひとりになりたい」
彼女はいつもそう言って、ふらりと私の前から姿を消す。
そのたびに私の胸は張り裂けそうになり、けれど数週間もすれば、何事もなかったかのように彼女は私の元へ戻ってきた。
切ない別れと、束の間の安らぎを繰り返す。
潮の満ち引きのように、私の心は弄ばれる。
「もう、慣れたはずなのに・・」
途切れることにない雨音を聴いていると、自分が徐々に希薄になっていく感覚に襲われる。
身体の輪郭が溶けて、雨水と一体になってしまうかのようだ。
『遠く、遠く、どこまでも・・・流されてゆく』
心の声が、歌うように響く。
このまま涙の河に身を任せたなら、一体どこへ辿り着くのだろう。
見たこともない景色へ、知らない街へ。彼女との思い出も、この心の痛みもない場所へ、いっそ流されてしまえたら。
そんなあり得ない逃避行の夢想をしたとき、胸の奥で軋むような音がした。
眩しい光は見えない。出口なんてどこにもない。
ただ、心がぐらぐらと揺れている。 心がぐちゃぐちゃに乱れていく。
そして、薄氷に音もなく亀裂が走るように、何かが静かに崩れていった。
気づくと私は、雨の中、マンションの外に立ち尽くしていた。
冷たい雨が容赦なく、髪を、肌を、服を濡らしていく。
しかし、不思議と寒さは感じなかった。
車のヘッドライトが雨に滲む。
濡れたアスファルトが、街の明かりを反射している。
ああ、そうか。 この寂しくて、どこか頼りない景色。
この一様に灰色の空も、冷たい雨も、滲んで見える街の灯りも・・
すべてが今の私の心そのものなのだ。
私の心模様を、この世界がただ、明確に映し出している。
私は動かない。
崩れてしまった心の欠片を拾い集めるわけでもなく、ただ降りしきる雨に打たれ、この失色の世界に自身が溶けていくのを待っていた。
はじめまして ありがとうございます
実は雨は嫌いだったりするのですが、
その割には、雨をテーマにした文章をよく書いているので、
もしかしたら本当は好きなのかも知れません・・
切ない物語ですね。雨はいつも、美しく儚く、
心を汚してまた洗うような気がします。