Nicotto Town



散文詩 - Me + Gemini

■ My little lover wearing bunny-suit


摂氏40℃の白昼夢だったのかもしれない。陽炎の向こう側で世界が音もなく崩れていく午後、あなたは兎の姿をしていた。私の小さな恋人。

部屋の空気は琥珀のように固まって、私たち二匹の昆虫をその内に封じ込めている。あなたの纏う、黒いベルベットのスーツは、この静謐な地獄にあまりにも不似合いで、だからこそ完璧なのだと私は思った。それは衣装というより、あなた自身が選んだひとつの皮膚であり、一つの哲学だった。片方は折れ、もう片方の長い耳は、神託を待つアンテナのように天井を指している。けれど、この部屋で受信できるのは、泡立つ血液の音と、窓の外で絶叫し続ける蝉時雨だけだった。

「なぜ、兎なのか」 かつてそう問うた私に、あなたは沈黙して答えなかった。ただ、その黒い瞳で私を見つめ返していた。その瞳は、問いも答えも、肯定も否定も呑み込んで、ただそこにある深い森の湖だった。あなたはその湖の底から、私という存在を静かに掬い上げる。

私たちは言葉を失う。言葉は、意味を定義し、世界を分断する。けれど、この兎の姿をしたあなたの前では、すべての境界が溶けていく。女であるとか、人間であるとか、そういう些末な記号は、あなたの長い耳の先から蒸発して、この部屋の熱に紛れて消えてしまう。残るのは、あなた、そして、あなたを見つめる私。それだけだ。

その硬質なスーツは、あなたを守る檻なのか。それとも、あなたをあなたとして完成させるための、最後のピースなのか。あるいは、それは私に向けられた、最も誠実な愛の表明なのだろうか。あなたが纏う兎は、捕食されるもの、愛されるもの、沈黙するもの、そしてすべてを聴くものの象徴だ。あなたは、私のすべてになるために、兎になった。

ふと、あなたの頬を涙が一筋、滑り落ちていくのが見えた。それは黒いベルベットの上で小さな星屑となり、僅かに煌めき、そして目立たない染みとなった。あなたは泣いているのか。それとも、これは世界の熱が生み出した、ただの気紛れな水滴なのだろうか。

私は手を伸ばし、その涙の轍にそっと触れる。あなたの肌は熱く、スーツの下で確かに脈打っている。

外はアスファルトが溶け、常識が溶け、昨日までの世界が溶けている。 けれど、私たちはここにいる。 私の小さな兎。私の完璧な恋人。この世界の終焉で、二人きり。

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