自作小説倶楽部7月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2025/07/31 21:19:30
『転換星』
「反省することなんて無いんだよ! 俺は人助けをしたんだ! それなのに反省文なんて、」
平和で平凡な高校の昼休み。和気あいあいと青春の会話と食欲を楽しむ生徒の中で一人だけ叫び声を上げた者がいた。
振り返らなくてもそれが誰かわかっている。平々凡々な容姿に学力体力その他も平均的な能力、佐藤という名字のTHE平凡な男子生徒だ。
「わはは、7月で反省文5回目なんて新記録じゃない?」
「岸田も酷だな」
友人たちがはやし立てる中、また佐藤君が遅刻の理由を説明する。今回は通勤電車で急病人に遭遇したのだ。
敢えて平凡な佐藤君の個性を上げるなら、二つある。一つ目は善良で困った人や動物を見捨てられないということ、そして見捨てられない相手に遭遇する確率が高いことだ。結果、佐藤君は遅刻が多い。他人のトラブルを目撃し、授業を抜けだしたことも2回ある。
中学からの同級生は佐藤君の話が本当だとわかっているが、それ以外は半信半疑だ。いや、担任教師の岸田は佐藤君を遅刻魔と認識している。少し気の毒だが、その影響には興味がある。
「でも佐藤君ってよく気が付くよね。電車で隣に座った人の顔色なんて見ないよ。観察力? 洞察力?」
と私の前に座っていた友人Aが笑って言った。
「まあ、人それぞれね」
「ミクちゃん。彼氏が悲しんでいるのに慰めたりしないの?」
「・・・・」
私は言葉を詰まらせたが周囲の女子は好奇心で目を輝かせて私を見ていた。
【彼氏】か。胸の中でその言葉を反芻する。味覚が鈍り食欲が減退した。
佐藤君は現在、私の【彼氏】ということになっている。何故か告白されたので付き合うことを了承した。
「しません」
周囲が一斉に不満な顔をする。何だろうこの集団心理は。
「ミクって佐藤君のどこが好きなの?」
友人Aが聞いてくる。おしゃべりというより尋問に近いような。
「特に考えたことない」
「いやいや。付き合おうと思ったんだから何か切っ掛けがあるでしょう」と友人B。
「転換点は告白されたことよ」
「ミクって変。まあ、そういう意味では佐藤君とお似合いかもね」
と友人C。少し気に障る言い方だったが、Cは5年後、嘘つき二股男と交際して可哀想な目にあうので勘弁してあげることにした。
「そういえば、佐藤君はミクのどこが好きになったのかな?」
友人Aの言葉に私ははっとした。
◆◆◆
自宅に帰り着き亜空間ゲートをくぐると私はようやく一息ついた。
今日の帰り道では何も事象が生じなかった。と信じたいが、昼休みの出来事が起因して佐藤君の観察に集中できなかった。念のため今日一日の記録を再生してチェックする。その間に身体が洗浄され、疲労物質も除去される。
相棒に声を掛ける。
「今日のケース1178番は転換点の可能性はある?」
「非常に大きな転換点ですね。助けた女性は3年後ジョン・j・ケリーというアメリカ人と結婚します」
結婚相手の名前を検索して私は驚愕する。
「嘘でしょう? あの女性は時空航法の基礎理論を完成させたケリー博士の祖母なの?」
「ワタシに嘘をつく機能はありません」
わかっている。私は内心舌打ちした。AIを疑うなんて、この時代に染まっている自分にうんざりする。
「あと、ケース1057の猫のシュミレーション結果が出ました」
「佐藤君が助けた猫ね」
「猫を引き取った家庭ですが、猫を引き取らなかった場合、その家庭の第一子は生涯独身で、生活レベルは3段階落ちます」
「じゃあ、その後の観測をお願い」
まただ。どれだけ強い転換「星」なんだ。
時空航法が確立され、人類が時空を行き来できるようになってから発見された理論が「転換星」だ。あらゆることが影響しあい、歴史が作られている。その中で異常に他者に強い影響を持っている存在を我々は「転換星」と呼んでいる。そして転換星が影響を発揮した点が「転換点」だ。
佐藤君は現在発見された中で最大級の「転換星」だ。しかも彼の善行は短くても10年程度で良い結果をもたらすことがわかっている。
私と相棒は佐藤君を観察し、影響を測定する観測員として彼が生きた時代に派遣された。名誉ある仕事だし、誇りをもっている。
しかし最近困ったことが起こった。
「ところで、本部から死亡許可は承認された?」
「却下です」
「何でよ」
「人の死は関係者に大きな影響を与え、特に精神的損害が大きい。・・・まだ読み上げますか? 何とでも理由が付けられますよ。要するに本当の理由は下っ端には教えられないということです」
「そんなあ、」
死亡許可は現在の私を死んだことにして、別人格に変更することだ。観測員の仕事をしていれば何度かは経験することだ。それなのに今回は許可が下りない。私は佐藤君の彼女のミクを辞められないのだ。こんなことなら本部の「失恋は悪影響が心配される」という意見を無視すべきだった。
もしかして、
さらに嫌な想像が蘇る。本部はすでに転換星を利用して歴史改変に手を出しているという噂だ。
あり得ない。と鼻で笑った過去の自分を殴ってやりたい。時空航法だって、転換星理論だって最初は嘲笑されたのだ。進歩はいつも人間の想像を越えてゆく。私のような観測員を利用すれば可能かもしれない。
過去に読んだ佐藤君の人生記録を思い出す。25歳結婚、30歳でリストラに遭うも妻が生活を支える。妻の名前書いてあったけ? 何故思い出せない?
「勘弁してよ!」
私の叫びは亜空間に溶けて消えた。