時間の長短ではなく、感じた量の問題
- カテゴリ:日記
- 2025/06/12 01:06:48
前々回、前回の日記に引き続き、出張の話ですが。。
で。
行ってきました。京都国立近代美術館。
京都駅から、烏丸線から東西線と地下鉄を乗り継いで、東山駅へ。東山駅から美術館までは5分かそこらですが、美術館の目の前から祇園に向かって流れていく白川筋沿いを歩いていくことになります。
東山は路地裏に町屋が綺麗に残っていて、当日は雨でしたから、濡れた壁から漂う気の薫りがとても心地よく、それだけで十分に京都を感じることが出来ました。
そして美術館到着。
お目当ては企画展「若きポーランド」です。
19世紀末から20世紀初頭のポーランド絵画(一部工芸品なども)の特集になるのですが、実はこの時期に、ポーランドという国家は存在しませんでした。ポーランドはその昔、強大な国家で、もっとも国土の拡大したポーランド・リトアニア共和国(第一共和国時代)は、イングランドを除いたヨーロッパの1/3くらいがポーランドの領土だったのですが、その後は国土の分割や、それどころか国家が消滅してしまった時期すら複数回あった、苦難に満ちた国です。
「若きポーランド」とは、まさに19世紀末に祖国を失ったポーランド人の中から生まれた芸術運動でした。
芸術運動とはいっても、例えば近しい時期に興じたダダイズムや未来派、象徴派といった分かりやすい特徴があるわけではなく、祖国を失った芸術家たちが、ポーランドの現状や歴史、文化やアイデンティティを意識しながら活動した精神的な連帯感であったような気もします。
正直なところ、玉石混淆とは思っていますが、それでもとても気に入った絵や画家もありました。
ヤツェク・マルチェルフスキ、ヤン・スタニスワフスキ、コンラット・クシジャノフスキ、ヴウォジミシェ・テトマイェルあたりは、非常に興味深いと思いましたが、抜群に素晴らしかったのは、今回の展示でも目玉となっている、オルガ・ボズナンスカ。圧倒的です。
「若きポーランド」では、常にジャポニズムの影響が取りざたされますが、彼女も(女性です)その影響を受けています。でもそんな細かい話はともかくです。
空気感と言う陳腐な言葉を使うことは非常にためらわれますが、色彩や遠近感のつけ方で現れる、何とも言えない絶妙なモチーフの存在感が、素晴らしい。
なのですが、実は私の「興味」と言う意味では、彼女ではなくて、先述したそれ以外の画家たちでした。
どう表現して良いのか困ってしまうのですが、特にちょっと今まで見たことのないヤツェク・マルチェルフスキの時間的な要素の切り取り方や(今時のイラストとかでは普通です)、ヴウォジミシェ・テトマイェルを見た時に感じてしまった(これを言うと批判されそうな気もするのですが)、デビット・ホックニーやエドワード・ホッパーのような光と影のコントラストが、私の中に鮮烈な印象を残しています。
閑話休題
美術館に入って荷物をコインロッカーに預けたのですが。。。
よくある、開錠するとお金が戻ってくるタイプのロッカーだったのですが、わたしが荷物を入れたロッカーのカギの動きがおかしい。。 要するに閉まらないのですが、ガチャガチャやっていたら100円玉が戻って来ました。
あれ?
なんだこれ?
硬貨のサイズとしては、ほぼ100円玉。
なのですが、どう見ても日本の効果ではありませんw
表面には、1ZLOTY
裏面には、RZECZPOSPOLITA POLSKA
と刻まれています。これは、カタカナで表記すると「1 ズウォティ」「ジェチュポスポリタ・ポルスカ」となります。ズウォティはポーランドの通貨単位で、「「ジェチュポスポリタ・ポルスカ」は、ポルスカ共和国となります。
ポーランドというのは実は英語表記で、ポーランドの正式な名前はポルスカ共和国なのです。オランダなんて名前の国は存在しなくて、あれはネーデルランドです、ってのと似てるかもね。
まあ何にしても、ポーランドの方がわざわざこの展覧会を観に来ていた、ということなのでしょう。なんだかとても感慨深い。。。
ということで、私の今回の出張は終わりました。
京都駅と美術館を往復する以外は、スタバやらで仕事をしたり打ち合わせをしたりするだけの京都滞在でしたが、わたしは東山駅から美術館への往復の道のりだけで、十分に京都旅行をした気分になっています。
時間ではなく、受容した濃度なのです。
と、いうことで。
ではでは。
良い時間、そうですね。。
実は前日がやや寝不足だったのか、@美術館で実はけっこう眠かったのですが、常設展を含めてイイ感じに目の覚める展示だったので良かったです (*^-^*)
美術鑑賞は、その日の心理状態や体調で受け方に違いが出るように思えます。もえーんさんのその日の波長と合っていたのでしょうね。
出張お疲れ様でした。