最期の夜月
- カテゴリ:自作小説
- 2025/02/17 02:23:03
第一章
私は笑う事がとても苦手な分類の人間だと自分でも分かっているつもりだ。
もしかすると、只の「つもり」なだけかもしれないのだが。
今の所、私の中で生活に何の不自由も感じていないのが現状な事だけは事実であろう。
仕事を終えた私は帰路の道中にいた。
その日は夏の土砂降りの日だった。…「あーあ、大雨じゃん」と小さく愚痴を吐露し、マンションへと歩いていた。
私が住んでいるマンションは7階建ての4階に一人で暮らしている。
401号と書かれた部屋の前に着いた私は、…「ふぅ」と少しばかり呼吸を整え、傘の水気を取ろうとふと横を向いた瞬間に、一人の男性?でも、男性にしては小柄じゃないだろうか?と2部屋程隣のドアの前で蹲っている人の姿を目にしていた。私は…どうしたのだろう?位にしか思っておらず、何となく気にはなったものの一旦、部屋へと入る事にした。…こんな大雨の日に…と考えながらも、風呂へと入り煙草へと火を点けた。
いつもの事なのだが、私は考え事をし始めると煙草へと手が伸びてしまう。
ベランダを開け、恐らく男性であろう人が蹲っていた部屋へと目が行ってしまう。
電気の付いているであろう部屋は何事もないかのように静かに思えた。
…少し…肌寒いなと感じながら、…もし女性だったら…?等と考えだしてしまった始末だ。
取り敢えずは、流石にもう居ないよね…と思い出し、時計を見ると深夜の2時を廻る時刻だった。止まらない煙草と思考になってしまった私はちょっとだけ、見てみるか…と煙草の火を消し、ほんの少しだけドアを開け、確認してみる事にした。
確か21時頃に見たその人はまだ蹲ったままの状態の姿だった。…え?嘘でしょ…と焦りを感じ、一回落ち着こうと私はドアを静かに閉めた。…待って…21時頃からあの状態って事は…既に5時間以上はあの状態で居るって事…?ともしかして死んでる…?と恐怖感すら覚える感覚に陥り、落ち着け…私…と言い聞かせ、取り敢えず、暖かそうな毛布と飲み物を急いで準備し、「その人」の元へと向かった。…「あの…大丈夫ですか…?」と毛布を掛けながら、息があるのかを確認しようと近付いた瞬間に「その人」は顔をゆっくりと上げ、泣き腫らしたであろう、眼でぼんやりと私を見つめ、…「…はい…?」とだけ返事をぽつりとした。
まだ、空は雨雲で小雨には変わっていたが、雨はずっと降り続いていたようだ。
…「…あ、えっと、なんと言うか…大分前からここにいらっしゃったと思うんですけど、大丈夫かな、と…」と私は言葉を紡いだ。…「…あー…僕、ハジメって言います…」…会話が成り立っていない…と私は思い、…「ハジメさん、ちょっと失礼しますね」と伝え、おでこに手を当てると、とんでもない熱を出しているのが医療に全く知識のない私にも直ぐに分かった。…「えっと、ハジメさん?救急車呼びますか…?」と尋ねた所、其処だけははっきりしているかの様に、泣きながら「…其れだけは…止めてください…」と懇願するかの様に言われてしまい、…「確認させてくださいね、ハジメさんは帰る場所はありますか?」と聞いた。ハジメさんは頭を横に振る一方で、私は考えた上、…「取り敢えず、これ飲んで下さい」と、お湯を差し出しながら、…「ハジメさんが良ければですが、私の部屋に来ますか…?」と尋ねると、震える手でゆっくりとお湯を飲みながら、頷く彼がいた。