Nicotto Town


なるべく気楽に気楽に~!


深淵の中の蝶

第三十章

…あ、由佳里さんだ…俺は由佳里さんを見付け、声を掛けようと思ったが、なんだか携帯を見ている様に感じた俺は由佳里さんを見つめる事しか出来ずにいた。由佳里さんは、とても年期のありそうな喫茶店へと入って行った。…誰かと待ち合わせだろうか…俺は何故か彼女から目が離せなくなっていた。そこへ男性が1人入って行った。その男性は由佳里さんの前へと座り、何かを注文している様子だった。…え…?由佳里さんに、男…?俺は戸惑い、…嘘だろ…と自分の動揺を隠せなかった。…由佳里さんって、彼氏…いんのか…?俺の頭の中では…そんな事言ってなかった…いや、単に俺が聞いてないだけか…?俺は多少のパニックを起こし始めていた。纏まらない思考に動揺を隠せず、楽しそうに笑っている由佳里さんを見る事しか出来ずにいた。…俺、すげぇ動揺してねぇか…自分自身に問う様に…落ち着け、と言い聞かせる。…今日の夜だって一緒に食事の予定だ…由佳里さんには彼氏的な存在はいねぇ筈…だよな…と何度も何度も自分へと自分へと言い聞かせた。
…今日の夜、何を話そう…物凄い動揺の中俺は考えに頭を巡らせた。…上手く喋れっかな…そんな不安を抱えつつ、俺はなんだか楽しそうに話している由佳里さんを見ているのが少しばかり、辛くなった。
俺は、仕事の合間の休憩と言う事もあり、…兎に角今は店に戻るか…そう思い直し、店の方へと歩き始めた…大丈夫、大丈夫だ…そんな事ばかりをその日は過ごす事になった。…今日の夜にでも確認しないと分かんねぇし…由佳里さんに限って…まさかな…と色々な思考に持って行かれそうになったが、その度に…大丈夫だ、きっと大丈夫…そう頭の中で言い聞かせていた。…今日はちょっと酒でも買っていこう…19時頃に勤務を終えた俺は何だか食事の事はどうでも良くなっていて、沢山の酒を買い込んで帰る事にした。…今日は確か由佳里さんの部屋だったよな…まだ少し時間はある…1本だけで飲んでいくか…俺は下戸だったが、1本だけ飲む事にした。一気に飲み干した酒は俺を程良く酔わせる迄にはなっていた。ぼーっとする頭で、…由佳里さんに男…と何だか煮え切らない考えを持ったまま、刻々と約束の時間が迫ってくる。…どうやって話そう…不安だらけになってしまったが、今日は酒の力に任せようと身を委ねた。ぼーっとしながら、20時前まで煙草へと何度も火を点け、吸っては吐き出し、呼吸を整えるかのように煙を見つめて居た。ほんの少しだけ、よろっとしかけたが、由佳里さんに会って色んな事を聞きたいと思う様になっていた。「さて、行ってみるかぁ」と俺は重い腰を上げ、隣の部屋へと向かう事にした。勿論、買ってきた酒も持ってだが。ゆらゆらと揺れる感覚になりながらもインターホンを鳴らし、「こんばんはぁ、悠っす」と酒に酔いながら由佳里さんが出て来てくれるのを待った。由佳里さんはいつも通りにこやかに微笑んでくれていて、「いらっしゃい、上がって」と俺を優しく誘う。「…悠さん?少し飲んでる?」と聞かれ、俺は「少しだけっすよぉ」と言葉も儘ならなくなってしまいそうになりながら、返事をした。「珍しいね、どうしたの?」と、由佳里さんは聞いてくれた。「いやぁ、なんか…なんて言ったらいーのか分かんねぇっすけどぉ…兎に角由佳里さんと飲みたかったんすよぉ」と買い込んできた酒をヘラヘラと笑いながら見せた。「私、凄くお酒には弱いけど、たまには良いかもね」とやんわりと笑ってくれた。…いつもの由佳里さんだ、俺の知ってる…と何だか安心してしまった俺は「お邪魔しまぁす」と、由佳里さんとの空間へと足を踏み入れた。これからどんな会話になるのか分からない儘の夜が始まろうとしていた。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.