Nicotto Town



自作小説倶楽部1月投稿

『問題作』


「おい、あんたがビショップだな」
棘のある声で私の作業は中断された。手を止めるとゴーグルと耐火服ごしでも炉の炎が眩しく、一層熱く感じられた。後始末とはいえ最も地味で苦手な過程だ。さっさと闖入者を追いだして仕事を終わらせるべく振り返る。
神経質そうな痩せた男が立っていた。炎を反射して光る眼鏡の奥の瞳は私を睨んでいるらしい。
「確かに私がビショップですが、何の用でしょう? 御覧の通り作業中なので手短にお願いしますよ」
「俺はルークという者だ。クイン夫人の親類だ。詐欺で訴えられたくなかったら夫人から騙し取ったか絵を返してもらおう」
「騙したって?」
一か月の仕事リストを頭の中でめくり、先週の半ばに会った老夫人を思い出す。子供たちの不和に悩み、心を痛める哀れな未亡人だった。
「とんでもない。純粋な好意から絵を譲っていただいたんですよ。念のため一筆いただいています」
友人の忠告で始めたことだが、紙きれ一枚でも効果はある。しかし男は引き下がらなかった。
「そんなもの無効だ。クイン夫人にあんたは絵に価値は無いと言ったな」
そう言えば話の流れでそんなことも言った。しかしそれは半ば本当のことだ。
「貴男はそうではないと思っている? 鑑定をされるのですか?」
「少しはわかるつもりだ。Kという画家の作品だ。画家は無名のまま亡くなった。しかしファンはいる。確かな筆致に人の心に訴える表現力と気迫。いずれ世に認められる」
「しかし、陰鬱な人物像は見る人を不安にさせ、一部からはひどく嫌われています。クイン夫人もその一人でした。亡くなった夫が気に入っていたので捨てられず物置にしまい込んでいました」
「単純に好みの問題だよ。暗い画風なので居間に飾るのは不向きだがね。しかしKの芸術家としての能力は称えられるべきだ。あんたはKの絵がいずれ売れると考えて手に入れたのだろう。他にも同じようなことをやっているらしいな」
私は防火頭巾の中でため息をついた。やっぱり金銭問題を疑われるのか。
「私はお金に不自由したことはありません。Kのような画家、いや、あの絵のような品物を回収するのはほとんど慈善事業のようなものです」
「慈善? 作品をどうするんだ」
「処分するんですよ。こんな風にね」
私は脇に置いていた箱から束になったキャンバスの残骸を引っ張り出し、抱え上げると焼却炉に放り込んだ。
「あッ!!!」
たちまち布地は赤い炎に包まれる。その中で青白い顔の女が微笑んでいた。そうだ。あれが男が取り戻そうとしていた絵だ。
「何をする!?」
「危ないですよ」
手を伸ばした男の襟首をつかんで引きもとした。噛みつこうとした炎の大蛇が男の指の数センチ先で砕けて消滅する。
ひぃ、と男は短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。私は炉の蓋を閉める。炉の中からけたたましい女の笑い声が聞こえた。それが止むと周囲は静まり返った。

「何だったんだ。あれは、」
しばらくして男がかすれた声を上げた。まだ全身が震えてやっと口を動かす。
「あれが異常なものだとわかるなら話は早いですね。私たちは美術品を収集しているのではありません。「呪いの品」を回収、処分しているのです」
美しいもの、高価なものには人の心が反映しやすい。よく知られているのは持ち主に不幸をもたらすアクセサリーだ。盗んだ者だけでなく、新しい所有者への呪いが込められている。
しかし呪えば必ず、凶事をもたらすとも限らない。呪いの発生原因についてはわかっていない部分も多い。しかし、Kという画家には絵の才能以上に呪いの才能があったことは私たち回収人の間では共通認識だ。作品の持ち主の周りに不和を生み出し、時には死をもたらす。彼は世間に認められない鬱屈や怒りを作品に塗りこんでしまった。そのため通常の洗浄は不可能で、焼却処分するほかないのが現状だ。
「貴男はどこでKの作品を知ったのですか? 絵のファンは? 残念ですが回収が必要なので話していただきます。私の家でお茶を用意させます」
ゴーグルと防火頭巾を取ると長い髪が肩に広がった。煤が付いてしまうが、今は汗のほうが問題だった。男の話を聞く前に風呂に入った方がいいかもしれない。
まだ座ったままの男を見下ろすと、目も口もOの字にして固まっていた。震えは治まったようだが、穴が空きそうなほど私の顔を見つめている。
「どうされました?」
「・・失礼。てっきり男性だと思ってました」
「名前だけだとよく間違われます」
手を貸そうと差し出すと、ルーク氏は顔を真っ赤にしてばね仕掛けの人形のように立ち上がった。




月別アーカイブ

2025

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.