ファイヤーエムプレスローズ 7
- カテゴリ:自作小説
- 2025/01/01 16:57:22
爺やといえば小さい頃、お姉さまたちと庭仕事をしたことがあったっけ、と、末の姫は思い出しました。
薔薇の国においては、音楽や乗馬などと並んで、園芸も貴族の趣味の一つとされています。貴族の子弟は成人するまでに一通りの基礎を身に着けておくべきとされているので、庭師の地位は、学問や教養の師と同じような位置づけでした。自分の庭をいかに美しく彩るかで、その人の評価が左右されるということもあり、良い庭師は引く手あまたです。庭づくりの趣味に没頭する貴族などは、良い庭師を複数雇い、自らも庭師とともに花を植え、剪定をし、品種改良にいそしむという熱の入れようです。
薔薇の国の四姉妹も、庭師の爺やに園芸の手ほどきを受けました。土づくり、種まき、水やり、移植、肥料づくり、草むしりなど、一年草の世話から始まって、多年草の世話、樹木の剪定のやり方やその時期、そもそもの庭づくりの大まかな配置の基本まで、やること、覚えることは多岐にわたっていました。覚えようにも一度に覚えきれるものではないので、毎年少しづつ新たなことを教えるように、爺やも工夫して教えていきます。上の子は、もう知っていることを下の子に教えたり、やや難しいことに挑戦してみたり、下の子も、上の子とお庭で楽しく遊んでいるうちに、いつの間にか園芸についての知識が身についている、という具合です。王女様たちだけでなく、城の使用人の子らも一緒に草花について学んだり、草むしりや水まきをしたりしました。そんな風に庭仕事をするうちに、園芸に興味を持ち、庭師に弟子入りする子供もいたようです。
四姉妹の姫たちも、自分なりのやり方で園芸に取り組みました。
長女の姫は、世継ぎとしてひと通りのものは身に着けなければと、何事にもまじめに取り組みます。庭を見てその持ち主を評価する、その方法についてなどが興味の対象でした。
次女の姫は、庭の世話よりも、出てきた虫を追いかけたり、男の子たちと木登り競争をしたり、こっそり厨房に忍び込んでつまみ食いをしたりする方に熱心で、爺やに見つかってしかられることも度々でした。それでも本人曰く、「刺繍やダンスや勉強よりも、庭仕事の方が楽しいから好きだ」とのことです。どう楽しむかは人それぞれですね。
三女の姫は、旺盛な知識欲を持って取り組み、病害虫の予防や駆除方法、品種改良のやり方、外国の花の流行や珍しい花の育て方など、どんどん覚えていきました。花が好きだからというよりは、知識が増えるのが好きだから、という感じではありますが。
末の姫は、何につけても美しいものが好きだったので、きれいな花が咲くと喜びました。それで、きれいに咲かせるにはどうしたらいいか、という観点で説明すると、すとんと腑に落ちるようでした。ただ、虫は少々苦手のようでした。
捕虜たちのことを相談しに庭師のもとに向かう末の姫。
「なんですと?やることがなくて働きたくてしかたがない屈強な男たちがいるのですと。それは働かせ甲斐のある…。庭にはやることが山のようにありますぞ。いつでも何人でも連れて来てくださって結構ですぞ」
ニヤリと笑いながら力強く言い切る爺やに
「ええと、お手柔らかにお願いしますわ」
という末の姫なのでした。
その時、風に乗って笑い声が聞こえてきました。遠くの屋根に、石の国の王子と二の姫が座っています。
「おや、最近この城に、猿が二匹加わったようですな。二の姫様は小さい頃から高いところがお好きだったが…落ちやしないかと、見ていて少し冷や冷やしますな」
爺やが言うと、
「そうなの。心配になるから、あまり見ないようにしているの」
と俯きながら末の姫は答えます。笑い声を聞くと胸がチクリとするのは、落ちそうで心配だからよ、と自分に言い聞かせながら…。