Nicotto Town


もふもふ0304


ファイヤーエムプレスローズ 6

 石の国の捕虜の兵士たちは、困惑していました。
 捕虜生活というものは、もっと寒くてひもじくて過酷なものではないのか、と。 
 暖かく快適な部屋に寝具に食事、飢える心配も凍える恐れもなく、そのうえ働く必要もないなんて、心配しているだろう故国の家族に申し訳ない気持ちでいっぱいです。収監されている場所さえ地下牢ではありますが、運動のため、外に出られる時間もあります。気がかりは、別棟に入れられている負傷兵と、王子様のことですが、それも、たまにやってきてくれる末のお姫様によると、元気に暮らしているようです。こんなに良くしてもらった上に、文句をつけるような真似は気が引けるのですが、もうこんな貴族のような生活から解放されたい、というのが、捕虜一同の切実な気持ちなのでした。

 そもそも石の国は、気候は寒く民は貧しく、唯一の特産品と言える、宝石の採掘に皆の暮らしがかかっているというお国柄です。比較的あたたかな南寄りの地域では、野菜や穀物なども育てることが出来ますが、自国内消費分でほぼ消えてしまいます。また、周囲を高い山に囲まれて、中の国を通らないとほぼどこにも行けないという立地条件のため、何を売るにも中の国の関税がかかり、余剰分の野菜などを売ろうとしても、鮮度と価格の点で勝負できるものではありませんでした。
 平民の男の子の中で、体が丈夫なものは、何よりもまず、宝石採掘人を目指します。それほど体が丈夫でないものは、農村地帯に出稼ぎに行きます。土地持ちの農場主は代々、その土地を受け継いで行きますし、商人の子もまた商人になり、家業を受け継ぎます。例外的に、王宮の兵士になるという選択肢もありますが、よほど丈夫で腕が立つ者でないと、選抜試験の狭き門を突破できません。宝石の研磨職人は、男女両方に門戸を開いていますが、手先の器用さ、目の良さなどで、親方によって選別されるので、誰でもがなれるというものでもありません。研磨した宝石は、枠にはめられることなく輸出されます。宝石は産出するけれども、金銀などは取れないため、宝飾品として加工するという文化は根付いていないのでした。
 一家の大黒柱の父親が、宝石採掘、もしくは農村への出稼ぎに出掛け、留守を妻と子が守るというのが、一般的な石の国の家族像です。石の国の寒さは厳しく、大人たちは厚着して布団にもぐり、子供たちは兄弟と身を寄せ合って一つの布団にくるまります。冬の朝などは、室内に汲み置いた水に氷の幕が張るのは普通のこと。煮炊きの火で室内が暖まる前に布団から出るのは、かなりの決心が必要です。一人の餓死者も凍死者も出さずに冬を越すことが出来れば、その冬は上々だと言えるでしょう。
 王宮でも、自国の貧しさを熟知していて、少しでも収穫物に余裕があれば保存食を作り備蓄に回し、自力で冬を乗り越えるのが困難な地方に与えます。ギリギリ王家としての体面を保てる程度の装いもしますが、国外からの客がいないようなときには、王自ら、暖かさとコスパ重視の格好で、暖房費を節約するほどの徹底ぶり。王子も、自ら宝石採掘現場に足を運び、採掘人たちの健康や、坑道内の危険などに目を配ります。そうした視察を繰り返す中で、遠くの雲を見て天気の変化を予測したり、岩場をよじ登ったりして山道を山羊のように歩くのに慣れていきました。

 末の姫は困惑していました。
 何故、人道的な扱いをしようとすると拒まれるのだろうかと。
 石の国の捕虜から、自分たちの待遇を見直してほしいとの、恐る恐るな申し出があった時のこと。てっきり地下牢に入れられているのが不満なのだろうと、改善案を口にしました。
「わかりますわ。地下牢なんて、前時代的なところに入れられるなど、やはり我慢できるものではありませんものね。本当は地上にも牢はございましたのに、庭師の爺やが温室に改造してしまいましたの。皆様が地下に閉じ込められることになったのは、ひとえに爺やのせいですのよ。かくなる上は、城の中の空き室をどこか皆様を収容するお部屋に改造していただいて、皆様の人質生活の向上につなげますよう、お姉さま方に交渉いたしますわ」
するとそれを聞いた捕虜たちが頭を抱えて叫びます。
「それだけは勘弁してください~」
「これ以上楽な暮らしなどしたらバチがあたります~~!」
「故郷の母と弟に顔向けが!!」
ポカーンとする末の姫。
「つまりなんですの?待遇改善してほしいという事ではないんですの?」
「むしろ逆です!私たちにもっと過酷な環境をお与えください。この通りです」
土下座して頼む兵士。
「きつい仕事でも汚れ仕事でもいい、働かせてください!」
「何もせず、飢えも凍えもしないなんてもう我慢できないんです!」
「つ…つまり、皆様は働きたいということですのね?」
兵士の視線が姫の顔一点に集中します。
「是非!!!」






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