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世界平和記念日


こんばんは!11日(月)は西日本や東日本太平洋側、

北海道では朝にかけて雨が降り、雷雨となる所もあるでしょう。
その後、天気は次第に回復する見込みです。
その他の地域は雲が広がりやすく、所によりにわか雨がありそうです。

【肌寒い日に飲みたいものは?】

A、ドクダミ茶です。

【世界平和記念日】 World Peace Day

☆世界平和記念日は、
 1918年11月11日に第一次世界大戦が終結したことを記念する日です。

<概要>

〇世界平和記念日

「世界平和記念日・第一次世界大戦停戦記念日」のこの日は、
1918年(大正7年にドイツとアメリカが停戦協定を結び、
第一次世界大戦が終結したことを記念する日です。

ヨーロッパを中心に世界中で大きな影響を与えたこの戦争の終結は、
多くの国にとりまして、平和への転機となりました。

@第一次世界大戦の終結とその意義

 ■終戦に至るまでの経緯

 第一次世界大戦は1914年(大正3年)に始まりまして、
 4年以上に渡り、続きました。
 
 戦争の原因は複雑で、各国の利害関係や民族問題が絡み合っていました。

 ◇第一次世界大戦

  20世紀初頭に勃発しました、
  三国協商を中心とする連合国と三国同盟を中心とする、
  中央同盟国により、争われました世界大戦です。

  歴史上最大の戦争の一つとされていまして、
  非戦闘員も含めまして、1700万人以上の戦死者を出しました。

  この戦争の特徴は、
  各国が人員や経済力や工業力等を大規模動員する国家総力戦です。

  ・飛行機          ・化学兵器

  ・潜水艦          ・戦車

  これら等の兵器や塹壕(ざんごう)戦等の戦術が、
  史上初めて用いられました。

  最終的に、世界中の経済大国を巻き込んだ第一次世界大戦は、
  連合国側の勝利に終わります。

  そして・・・

  多くの参戦国において、
  革命や帝国の解体等の政変を引き起こしました結果、
  終戦後も各国間の対立関係が残ることになりました。

  ▲第一次世界大戦が起きた原因と背景

   第一次世界大戦が勃発した原因は、主に以下の4つです。

   ・列強各国による帝国主義政策の衝突

   ・「三国協商」と「三国同盟」等の同盟関係の複雑化と対立

   ・「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン問題

   ・オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が殺害された、
    「サラエボ事件」

   『列強各国による帝国主義政策の衝突』
   
    1871年に成立したドイツ帝国の政治的、
    経済的な大成長と軍備の拡張がありました。

    ●帝国主義政策

     一つの国家や民族が自分の国の利益や領土、勢力を拡大させる為に、
     政治的、経済的、軍事的に他国や他民族を侵略、支配、抑圧をして、
     強大な国家を作ろうとする政策です。

    19世紀後半のヨーロッパの世界には、
    ドイツ帝国の宰相であるビスマルクさんによりまして、
    築かれたビスマルク体制下にありました。

    ●ビスマルク体制

     ドイツ帝国がヨーロッパの主要国と同盟を結びまして、
     良好な関係を築き、各国間の利害関係を調整することで、
     勢力均衡を維持しようという外交関係です。

    このビスマルク体制は、ビスマルクさんの卓越した外交手腕により、
    成功を収めまして、ヨーロッパは平和な時代を迎えました。

    しかし・・・

    1888年に即位したドイツ皇帝ヴィルヘルム2世公は、
    ビスマルクさんと対立します。

    その後・・・

    ビスマルクさんを更迭して新政を開始したビルヘルム2世公は、
    帝国主義政策を展開します。

    太平洋へ進出する為に軍艦を建造します。

    そして、バルカン半島や中近東に精力を拡大させる為、
    ベルリン、ビザンチウム、バグダッドを鉄道で結ぶ、
    3B政策を推し進めました。

    ドイツ帝国による一連の世界政策は、
    イギリスやフランス、ロシア等の列強諸国を強く刺激しました。

    海上において、海軍の優越を巡りまして、
    イギリス海軍と軍備拡張競争が起こりまして、
    アフリカやバルカン半島、中近東におきまして、
    植民地政策を展開する列強と激しく対立することになります。

    つまり、協調的外交により、平和な時代を築きましたビスマルク体制は、
    ビスマルクさんの失脚と共に、崩壊しました。

   『同盟関係の複雑化と対立』

    ヴィルヘルム2世公による世界政策の展開によりまして、
    各国間の対立が深まる中で、
    列強諸国同士の同盟関係は次第に複雑化していきました。

    やがて、ロシアとの独露再保障条約の更新と拒否、
    ロシアはフランスと露仏同盟を締結。

    イギリスも英仏協商を結び、日本と日英同盟を結成します。
    しかし、ロシアが日露戦争で敗北しますと、
    イギリスはロシアに接近し、英露協商を結びます。

    中央同盟国とは、
    1982年に締結された秘密軍事同盟である三国同盟に、
    オスマン帝国とブルガリア王国を含めた同名国家群です。
    
    イタリアはオーストリア帝国と対立し、三国同盟から離脱します。

   『バルカン問題』

    オスマン帝国が衰退した後のバルカン半島内で起きた、
    諸民族間の領土問題です。

    1908年、オーストリア=ハンガリー帝国が、
    ボスニア=ヘルツェゴビナを併合します。

   『サラエボ事件』
    
    1914年6月28日にオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻が、
    ボスニアの州都サラエボでボスニア系セルビア人の青年に殺害されます。

    1914年7月28日、オーストリア=ハンガリー帝国は、
    セルビア王国との国交を断絶し、宣戦布告をします。

 1918年(大正7年)、ドイツは経済的・軍事的な限界に達しまして、
 アメリカを含む連合国と停戦協定を結ぶことになりました。

 この協定により、第一次世界大戦は正式に終結しまして、
 多くの人々が平和への希望を抱くことが出来ました。

問題 停戦協定は1918年11月11日結ばれました。

   この日は後に「世界平和記念日」として記念されるようになります。

   次の文章の中の〇〇〇に入る言葉を教えてください。

   この日は戦争の悲惨さを忘れず、
   平和を維持する為の努力を続けることの重要性を、
   〇〇〇する日となっています。

1、再認識

2、紐解く

3、具現化

ヒント・・・〇〇〇〇

      @戦争と紛争

       ・建設的な紛争:対話を通して、相手と合意形成出来る場合

       ・破壊的な紛争:意見の相違を武力や暴力により、
               決着をつけようとする場合

      @2種類の平和

       ・消極的平和 :単に戦争が起きていない状況

       ・積極的平和 :戦争が起きていないことは勿論、
               特定の人種への抑圧や差別、女性への暴力等、
               あらゆる人の権利や自由が保たれている状態

お分かりの方は数字もしくは文章の中の〇〇〇に入る言葉を、
よろしくお願いします。





アバター
2024/11/12 17:21
こんばんは!すっかりと真っ暗になりました。
スズラン☆さん、どうもお疲れ様です。
 そうですね、今起きていることですからね。
はい、そうですね、間違うととんでもないことにですね。
 問題ですが今回はとても難しいかな?とでしたが。
流石はスズラン☆さんで、アッサリと1番の再認識で正解ですね。
素晴らしいです!どうもおめでとうございます(祝)
 はい、今の時代でもあるのだから、そしてどの場所でもと追記ですね。
1つの問題で2とも4とも問題が膨れ上がることがこうしてありますから、
本来は1つずつ問題を解決するのが理想ですよね?
ただ、上記あるように問題が重なっているから厄介です。(現在も)
アバター
2024/11/12 16:08
後進国の戦争は今でも続いているという認識でしたが、
ウクライナとロシアはまた第一次世界大戦のような拡大がありそうで、

答え 1
今の時代でもあるんだなと思いました・・・




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