記憶の部屋 (2)
- カテゴリ:自作小説
- 2024/10/13 10:16:46
海底は白っぽいさらさらした砂で、海流によってゆるやかな曲線の模様が出来ていた。
もう少し海底に近づくと、なにやら白っぽい
生き物が海底の砂地からひょこひょこ顔を出したり、引っ込めたりしている。
おれは砂地に顔を近づけて、足をゆらゆら動かしながら観察してみると、それは、たぶん、チンアナゴという魚だ。
確か、沖縄やインドなどの暖かい海に生息している魚で、白い体に黒い斑点模様がある。
彼らは砂地の穴の中で生活していて、海中のプランクトンを食べるために顔出すが、危険を感じると、すぐにまた砂の中に引っ込む。
どうりで、おれの周り半径3メートルくらいは一匹も見えないけど、その向こうではしきりにひょこひょことチンアナゴが顔を出したり引っ込めたりしていて、ずーっと向こうのほうの見えなくなった後まで続いてる。
かなりの数のチンアナゴだ。
おれは海底をゆらゆら泳いでいくと、その都度おれのまわり3メートルだけがチンアナゴがいない円がぽっかり出来て、それが面白くてしばらく海底を泳いでいた。
なぜ、それまで気づかなかったのか、全然気にしてなかったけど、これは一体どうゆうことなのだろう?
おれがこの海に入ったのは、あの建物の2階にあるわずか2畳程度の小部屋だったはずだ。
そこから下に降りたら、それは当然、1階なわけだが、今、おれがいるこの海の中は明らかに建物の中ではなくて、向こう側が見えないほど広がっている海の中だ。
きっと、生と死の狭間にあるこの世界は、幻か、あるいは、生きてる時に暮らしていたいわゆる「現実の世界」とは、全く別の成り立ちで出来ている世界なのかも知れない。
そんなことを考えながら、おれは海底の砂地に沿って、泳ぎ続けた。
泳げないはずなのに、いつのまにか泳げていることも少しは疑問に思うが、「そんなもの」なのだろう。と、なぜか受け入れていた。
その世界の感覚は夢にもよく似ていたが、夢とは微妙な違いがあった。
例えば、おれは中学生の頃、まだ童貞だったにも関わらず、見知らぬ女性とセックスをする夢を見たことがあった。
それはとてもリアリティのある夢で、その感触は生々しく、夢の中でおれは射精した。
そして、数年後に実際にセックスをした時、その時の夢ととても良く似た感触であったのだ。
つまり、おれは子供の頃からずっと、とてもリアリティのある夢を見る。
色などもクリアーで、感触も実際的なのだ。
しかし、今いるこの世界は、やはりそのリアリティのある夢よりも更に、いや、もしかすると現実よりももっと、リアリティがあって、肌に触れている海水の流れや、砂のきめ細かい一粒一粒、チンアナゴの白黒の模様の細部に至るまで、とても鋭敏に感じ取れているのだ。
しかし、やはりどこか、現実とは違う「非現実感」も伴っていて、その点は夢とよく似ている。
おれは行けるところまで行ってみることにした。
なぜか、やる気が出てきたのだ。
死んでるのにやる気というのもおかしな話だが、行けるところまで行ってやろう。という挑戦心が芽生えていた。
まずは、方角を決めた。
右だな、、と思った。
間違いはないはずだ。。と、確信めいた予感があった。
チンアナゴの群れが消える半径3メートルの円と共に、おれは右手の方へ泳いで行く。
水を蹴って、手は使わなくてもゆるゆるとアザラシのように泳げた。
水を体がかき分けていく感覚、あるいは水というものの中をまるでゼリーの中を進んでいるような没入していく感覚が心地よく、思わず、少し笑った。
笑ったら、ボコっと口から空気が出たけど一向に苦しくならないから、そのまま進むことにした。
そういえば、笑ったのは久しぶりだなぁ。。
。。。。。。
「佐山くん、まあ、自分でもわかってると思うけどさ、いつまでもこの成績じゃさ、いくら副社長の甥っ子でもね。。」
係長にそう言われてる時、おれは別のことを考えていた。
おれは36の時に事件を起こして、以前勤めていた新聞社をクビになった。
街で女の子が男に髪の毛を掴まれて、振り回されていて、通行人は誰もそれを止めなかった。
おれは、おい、やめとけよ。と、男に声をかけると、男は有無を言わさず振り向きざまに突然おれを殴った。
鼻が折れて大量に出血しながら、おれは吹っ飛ばされて倒れた。
男は、今度は女の子の顔を殴った。
女の子は吹っ飛び、口から血を出して倒れた。
図体のデカい顎ひげを生やした男で、黒い上下のジャージに金色の太いネックレスを付けている。
男の細い目は暗く濁り、倒れている女の子を自分の物のように見た。
おれはその男の背後でのろのろと立ち上がると、飲み屋の看板のおもりとして使われていたコンクリートブロックを拾った。
男は執拗に倒れている女の子に向かってまた近づこうと一歩進んだ時、酒に酔っているのか何かにつまずいて転びかけて、前屈みになった。
おれは背後からコンクリートブロックを振り上げると、前屈みになっている男の後頭部に思い切り振り下ろした。
その一撃で男はあっけなく死んだ。
重いコンクリートブロックの角を振り下ろしたのだから、重力も加わって思ってる以上の威力だったのだろう。
おれは裁判で、「あんな男は死んで当然だ。」と正直に言った。
それが殺意の立証となってしまい、おれは過剰防衛で有罪になってしまった。
国選弁護人は良い人で、控訴すればまだ執行猶予の可能性はある。と、おれを説得してくれたが、おれは丁重に断った。
あの時、おれに殺意があったか、女の子を助けたいだけだったか、なんて、おれにもわからない。
そんな異常な状況の一瞬で誰が自分の気持ちなんか落ち着いて客観視できるものか。
おれは裁判の争点になっていた、「殺意」について、よく考えてみたけど、まあ、あったと言えばあったのだろう。くらいにしか思わなかった。
だけど、「あんな男は死んで当然だ。」と言ったのは本心だった。
それで懲役5年の求刑だったが、女の子の証言によって減刑され、3年となり、おれは39まで刑務所に入っていた。
刑期を終えた後、叔父がおれのことを気にかけてくれて、自分が副社長をやってる広告代理店にコネで入れてくれた。
おれは好きでも無い営業の仕事を覚えようと努力した。
しかし、叔父には本当に申し訳ないと思ったが、おれはその仕事にまるで興味を持てなかった。
いや、仕事に限らず、趣味だったロードバイクも、ジャズレコードのコレクションも、女性にも食べ物にさえ、興味が無くなっていた。
おれは自分で思っているよりも自分が人を殺めた事実に深く傷ついていたのだろう。
感情を失い、なにも無かった。
本当に自分の中に「何も無かった」のだ。
だから、係長がうんざりしておれに説教してる時も他のことを考えていたし、もうどうでも良かった。
そして、その日の帰りにおれは浴びるようにビールとウイスキーを飲み、睡眠薬を飲んで酩酊し、そのまま自分でもよくわからないままに丸の内の会社のビルの屋上から飛び降りたのだ。
その時の明確な理由なんてない。
おぼろげで自分の感情さえもわからないまま飛び降りた。
。。。。。。
(続く)
感想、ありがとうございます(^0^)
そして、読んでいただいて、ありがとう(^0^)
水を感じて心地よい
しかし続いてよかったw
ここまでだと主人公救われぬw(虚構だから救われなくてもよいけども